日銀の来年度経済見通しは楽観的に過ぎないか(2000.11.6)
−衆議院大蔵委員会での質疑−
【経済見通しの公表は説明責任の向上を通じて日銀の独立性強化に寄与する】
日本銀行は去る10月31日(火)、「経済・物価の将来展望とリスク評価」と題するペーパーを公表し、今年度から来年度にかけての日本経済の基調的な動きに関する日本銀行の公式見解を明らかにした。また参考資料として、本年度の成長率と物価変動率に関する政策委員9名の見通しを、最小値と最大値によって予想の幅を示す形で公表した。
新日本銀行法によって保障された日本銀行の独立性は、それと表裏の形で日本銀行の金融政策に関する「説明責任(アカウンタビリティ)」を伴なっている。従って、このような形で経済展望を公表することは、金融政策の背後にある政策委員たちの経済の見方を明らかにし、金融政策決定の透明性を高めることに寄与し、ひいては日本銀行の独立性を高めることになるであろう。
今後は、毎年4月と10月に公表されるこの経済展望を手掛かりに、国民は金融政策変更の意味やその先行きを予測することがある程度可能になるであろう。
【1.9〜2.3%の成長率見通しを楽観的と報じたマスコミは正しくない】
このように、日本銀行による経済見通し公表には一定の評価を与えることができるが、その内容については議論の余地がある。
そこで私は、11月1日(水)の衆議院大蔵委員会に参考人とて山口日銀副総裁の出席を求め、この公表文について以下のような質疑を行った。
マスコミ各紙や各TV局は、政策委員の本年度成長見通しが1.9〜2.3%と、政府見通しの1.5%よりも高いことに注目し、日本銀行の方が政府よりも楽観的な経済見通しを持っていると報道した。
しかし、この経済成長率の差から日銀は楽観的だと解説したマスコミは、必ずしも正確ではない。何故なら、政府見通しの1.5%の方が異常に低い数字だからである。
【マイナス成長の政府見通し、ゼロから1%成長の日銀見通し】
本年4〜6月期の実質GDPは、99年度平均の実質GDPよりも既に1.9%高い水準に居る。
従って、本年度平均成長率が政府見通しの1.5%になるためには、本年7〜9月期から来年1〜3月期までの残る3四半期の前期比年率(瞬間風速)がマイナス1%にならなければならない。つまり、政府見通しの1.5%は、今後3四半期の瞬間風速がマイナス1%成長になることを予言しているのである。
このような政府のデフレ予想に較べて、日本銀行の予想が高くなるのは当たり前だ。日本銀行の予想の下限1.9%でさえ、今後3四半期の瞬間風速のゼロ成長を予言しているのである。予想の上限の2.3%でも、今後3四半期の平均成長率(瞬間風速)は、僅かに年率1%である。
民間の経済研究所は、いずれも2%台成長の予想であり、高いのは3%成長もある。
このように、政府のマイナス成長も、日本銀行のゼロから1%成長も、いずれも極めて弱い見通しなのである。
【日銀見通しでは今後の需給ギャップは再拡大する】
しかし日本銀行は、瞬間風速0〜1%という低い成長率の予想を立てながら、「需給ギャップは緩やかに縮小傾向を辿ると考えられ」「今年度から来年度にかけて(中略)民間需要主導の緩やかな景気回復が持続する可能性が高い」と判断している。
今回の日銀レポートが楽観的に過ぎると考えられるのは、将にこの点にある。潜在成長率の伸びが如何に下がったと言っても、2%弱はあるだろう。従って、0〜1%の瞬間風速では需給ギャップは再び拡大し始め、企業収益の改善と設備投資の回復は鈍り、来年度の民間需要主導の景気回復は危うくなるのではないか。
現在の株価低落の一因は、そこにあるのではないか。
【日銀レポートに欠けるセクター分析と株価低落の分析】
日銀レポートに欠けているのは、IT関連と非IT関連、製造業と非製造業、大企業と中小企業といったセクター別の明暗分析である。このようなセクター別の跛行性こそが今の日本経済の特色であり、マクロの需給ギャップ分析などでとらえられる局面ではない。マクロの需給ギャップがどんなに大きくても、IT関連の大企業製造業などの設備投資は需給逼迫で上がってくる。それでも、非IT関連からは雇用が吐き出され、個人消費は停滞する。
もう一つ日銀レポートに欠けているのは、株価や地価といった資産価格の低迷持続が発しているシグナルへの注意である。それらが、来年度も民間需要主導で景気が回復するという日銀の楽観的見通しに対する警鐘でなければ幸いである。
【政府・日銀だけがGDP統計改定の影響を織り込んで予測しているとすれば不透明・不公正・無責任】
政府が本年7〜9月期から来年1〜3月期までのマイナス1%成長を予言しているため、外国のエコノミストは日本経済の先行きを非常に弱く見ている。日本の株価低落を引き起こしている外人売りも、それが一因だ。
ところが経済企画庁の専門家たちは、本年7〜9月期の実質GDPが公表される時から、GDPの推計方法が変わり、GDP統計が過去にさかのぼって改訂されることを知っている。その結果、99年度の平均GDPの水準が上昇し、本年4〜6月期実質GDPの99年度平均比が、現在の1.9%から大きく低下することを密かに知っているようだ。その結果、本年度平均成長率の1.5%は、必ずしも残る3四半期の瞬間風速がマイナス成長になることを意味しないのかも知れない。
しかし、もしそうだとすれば、これは国民を愚弄し、内外の専門家の分析をミスリードする大罪である。GDP統計改訂の結果を知らない内外の人々は、政府の見通しの意味を、弱い方向に読み違えているからだ。それが株価低落の一因であるとすれば、政府はどうやって責任をとることが出来るのか。
今回の日銀レポートの成長率見通し1.9〜2.3%についても、同様にGDP統計改定の影響を織り込んでいるとすれば、日銀も同罪である。