ゼロ金利政策の修正を迫る6月調査「日銀短観」(2000.7.5)



【大企業製造業の収益が急回復】
  7月4日(火)に発表された「日銀短観」(6月調査)は、大企業製造業の急速な回復を浮き彫りにする形となった。
  大企業製造業の業況判断DIの「よい超」幅は、3月調査の6月予想では−5%ポイントとなっていたが、6月調査の実績では+3%ポイントと遂に水面上に顔を出した。予想を8%ポイント上回ったばかりではなく、3月調査の−9%ポイントに比して、実に3ヵ月間で12%ポイントの改善となる。これで同DIは2年連続のプラス成長となった95年、96年の水準に戻った。
  この背後には、2000年度の売上高経常利益率が平均4.26%とプラス成長2年目の96年度の水準を抜き、80年代中頃、ないしはバブル景気末期の91年頃の水準にまで回復すると予想されている事実がある。とくに2000年度下期には、季節性もあって4.95%に達すると予想されている。
  この急回復をリードしている業種は、加工業種では電気機械、自動車、素材業種では紙・パルプ、化学である。

【収益回復下でも雇用と設備のリストラは続く】
  このようは業況ないしは収益の急回復は、必ずしも需要の急回復によるものではない。大企業製造業の売上高の見通しは、99年度の+1.0%に対し、2000年度は+3.8%(国内+4.2%、輸出+2.3%)である。伸びが高まってはいるが、急回復という程の伸びではない。
  そこで注目されるのが、雇用人員や生産設備に対する慎重な判断である。
  大企業製造業の雇用人員判断DIの「過剰超」幅は、6月調査でも30%ポイントと大きい。生産設備判断の「過剰超」幅も、6月時点で20%ポイントである。これらは、2年連続マイナス成長の始まった97年度よりも、「過剰超」幅がはるかに大きい。
  つまり大企業製造業は、業況や収益率が回復している中で、雇用人員や生産設備はまだ大幅な過剰であると見ている。ということは、この先も雇用や設備を抑えるリストラを続けようとしており、それが収益改善予想の原動力だということである。

【個人所得と個人消費の回復は遅れる】
  この動きはマクロ経済にとって何を意味するのであろうか。
  まず、リストラによる経営改善努力が続き、雇用や賃金に慎重な企業が多いとなれば、個人所得の回復、ひいては個人消費の回復は今後も緩やかなものにとどまるであろう。また売上高の伸びが必ずしも高くない以上、生産の伸びもさ程高いものとはならず、その点から考えても雇用の回復テンポは緩やかであろう。これも消費回復のテンポが高まらない原因となるであろう。
  次に設備投資はどうなるであろうか。生産設備に対する判断も慎重であることから見ると、設備投資の回復も弱いという予想がありうる。しかし、企業収益の急回復からみると、キャッシュ・フローの範囲内の慎重な投資であっても、かなり急テンポな投資回復がありうる。とくに、IT革命関連投資、ビンティジの長期化に伴なう更新投資などのニーズを考えると、キャッシュ・フローに見合った設備投資の急回復はありうる。

【設備投資の急回復で2000年度は2%程度の成長か】
  現に6月調査では、大企業製造業の2000年度設備投資計画は、99年度実績の−15.1%からプラスに転じ、+11.3%の高い伸びとなっている。
  業種別にみると、99年度にプラスを記録した唯一の業種である電気機械が、2000年度には+25.4%と大幅な伸びを見込んでいる。また、99年度に2桁のマイナスを記録したあと、その反動もあって2000年度に2桁のプラスとなっている業種は、木材・木製品、非鉄金属、精密機械などである。
  2000年度の日本経済は、この大企業製造業を中心とする設備投資の伸びに支えられて、公共投資が減少する下においても、2%前後のプラス成長を維持できるかもしれない。しかしこれを更に2001年度以降の持続的成長につなげるためには、規制撤廃などもっとはっきりしたビジョンを持った構造改革政策が必要であろう。これは今の森内閣には無理だ。

【大企業非製造業の収益率は調査開始以来の最高】
  以上、大企業製造業に焦点を合わせて述べてきたが、大企業非製造業と中堅・中小企業についても回復の傾向ははっきりしている。大企業製造業との違いは、3ヶ月前の予想を大幅に上回るほどの急回復ではないという点だけである。
  水準をみると、2000年度の大企業非製造業の売上高経常利益率2.59%は、製造業に比べれば低いが、74年度に調査を開始して以来最高の水準である。売上高の伸びは、99年度の−5.7%のあと2000年度は+1.7%と決して高くはないことからも分かるように、この収益改善は大手商社などの無駄の排除、経営リストラなどによるものである。

  また、中堅、中小企業の回復テンポが大企業より遅いのは、いつも見られる傾向であり、今回の特色ではない。その中で、中堅企業製造業の業況判断DIや売上高経常利益率は、大企業製造業に次ぐ急回復を示している。

【国内卸売物価は−2%のデフレから+0.3%のインフレに転じた】
  最後に、この6月調査「短観」は、金融政策、とくに「ゼロ金利政策」に対して、どのようなインプリケーションを持っているであろうか。
  コール・レートを0.02〜0.03%に保ち、短資業者の仲介手数料(0.02%)を差引くと事実上ゼロとなるような状態にする、いわゆる「ゼロ金利政策」は、需要不足で物価が急激に下がり続けているデフレーションの時期に、実質金利が高止まりして一層デフレが進行することを阻止するための手段である。
  しかし、幸い国内卸売物価の前月比は、昨年5月に下げ止まり、横這いないしは若干の上昇に転じた。その結果、前年比のマイナス幅は−2.1%をピークに縮小に転じ、本年3月からはプラスに転じている(直近の5月は+0.3%)。従って、国内卸売物価で図った実質金利は、この1年間に2.4%ポイント低下したことになる。「ゼロ金利」という異常な状態を続けなければ実質金利が高止まりするという事態は解消した。

【「ゼロ金利政策」という異常事態を解消せよ】
  そのような中で、企業収益の急回復に支えられて設備投資が回復し始め、公共投資の増加がなくってもプラス成長が続きそうだという展望が開けてきたのが、昨今の情勢である。
  そうだとすれば、「ゼロ金利政策」という異常事態は解消すべきではないのか。
  まずは公定歩合の0.5%に近い0.2〜0.3%ぐらいの水準まで、コール・レートが0.25%程度上昇するように、日常の金融調節で誘導すべきである。これでも公定歩合を下回るコール・レートであるから、量的にはかなりの余剰資金を市場に残す金融調節となる。
  その上で、コール・レートの0.2〜0.3%への上昇に対する市場関係者の受け止め方、3〜9ヵ月の短期市場金利や10年物国債の長期市場金利の動向などを見極めるのがよい。冷静ならば更に0.4〜0.5%に市場金利を誘導し、次は公定歩合の1.0%への引上げという予想が市場に生まれるようにするのである。その時、貸出金利、預金金利、長期市場金利などがどう動き、企業がどう反応するかを見極める必要がある。
  このように、ステップ・バイ・ステップで、市場の思惑による混乱が起きないようにしながら、企業の反応や景気の見通しに十分な注意を払いつつ、徐々に金利水準を修正することが望ましい。