「財政再建最優先」の亡霊がさまよい始めた(2000.1.18)



【「景気対策より財政再建最優先」と再び言い出した自民党の4人】
  自民党の梶山静六元官房長官が『週刊文春』(2000年1月20日号)に“小渕「経済政策」徹底批判”という長い論文を掲載し、「財政依存型の景気刺激策をやめ財政再建などの経済構造改革に転換せよ」と主張している。
  これに先立って1月8日、自民党の加藤紘一前幹事長は山形県で講演し、「いま優先すべきは景気対策ではなく財政再建などの構造改革である」と主張し、講演の全文を加藤氏のホームページに掲載した。
  このほか、加藤氏と並んでYKKと呼ばれる加藤氏の盟友、山崎前政調会長や小泉元厚生大臣も、財政赤字拡大を伴なう景気刺激策をやめ、財政再建最優先に転換すべきだと折にふれて主張している。

【97年度に財政再建最優先で経済危機を招いた責任を何と感じているのか】
  自民党のこの4人は、97年度に9兆円の国民負担増を伴なう財政再建最優先の超デフレ予算を執行し、97年度と98年度の日本経済を2年連続マイナス成長に落し入れ、拓銀、山一、日長銀、日債銀の大型金融倒産を始めとする金融危機を引き起こした張本人達である。何故ならこの4人は、当時の橋本自民党単独政権の官房長官、党幹事長、党政調会長、厚生大臣であるからだ。
  この4人は、97年度の財政再建最優先政策の失敗を何と考えているのであろうか。本来ならば、国民に詫びるべき立場にあるのではないのか。それなのに、なぜいま同じ財政再建最優先の亡霊がさまよい始めたのか、国民に分かり易く説明すべきである。そうでなければ、2年連続マイナス成長から日本経済を救い、金融危機を鎮めた自自連立の小渕政権の政策を批判する資格などはない筈だ。
  この点、橋本前首相はいさぎよい。TV番組などで質問されると、「自分は財政再建最優先が正しいと思うが、その結果生じた経済危機を国民に批判され、参院選に敗れたのであるから、再度主張する積りはない」と答えている。

【景気対策と構造改革は矛盾せず補完し合う関係】大槻
  この4人の主張、とくに梶山論文と加藤演説をみると、いくつかの共通した誤りがある。
  その一つは、財政依存型景気刺激と経済構造改革(財政再建を含む)を二律排反の互いに矛盾する政策と考えていることだ。そのため財政依存型景気刺激をやめて経済構造改革に転換せよという主張になってしまう。97年度の政策の失敗も、この間違った認識から起こり、結果は経済・金融危機によって構造改革そのものも挫折した。
  確かに短期的にみると、経済構造改革は規制に安住していた既往セクターを衰退させたり、リストラで雇用と設備投資の抑制を招いたり、行政改革で歳出を削減したりするので、景気対策とは矛盾する。逆に景気対策は、衰退すべきセクター、リストラすべき企業、削減すべき歳出に需要を付け、構造改革を遅らせる面がある。
  しかし長期的にみると、景気対策で一定の経済成長を持続し、衰退産業、リストラ企業、縮小する行政部門などから出てくる労働力や資本を吸収する受皿(発展産業、エマージング企業、拡大する民間部門)を用意しなければ、経済的、社会的、政治的危機が起って、経済構造改革そのものが挫折する。97〜98年度がよい例だ。
  要するに財政依存型景気対策と経済構造改革は、どちらか一つを選ばなければならないという関係ではなく、お互いに補完し合う関係なのである。自民党の4人は、この点が理解できていない。

【景気対策による経済再建なくしては財政再建なし】
  このことは、財政依存型景気対策と財政再建の関係についても当てはまる。
  確かに短期的にみると、減税や公共投資拡大などの景気対策は財政赤字を拡大するので、財政再建とは矛盾するように見える。しかし、この景気対策によって経済が自律的な成長軌道に乗れば、もはや財政刺激は必要なくなるので財政赤字は拡大しない。むしろ逆に、税の自然増収で財政赤字は縮小し始める。民需主導型の成長が確かりしてくれば、歳出削減や国民負担増加を行っても景気は失速しないので、この面からも財政赤字の削減は可能になる。
  「経済再建なくして財政再建なし」とはこの事を指している。自民党の4人に共通する第2の問題点は、この事を理解していない点にある。

【財政刺激を止めれば直ぐ景気後退という認識の誤り】
  この無理解は、日本経済は財政刺激を続けなければ成長出来ないというもう一つの誤った認識から出ているようだ。梶山論文を始めとする自民党の4人の発言をみると、「財政刺激をやめればすぐマイナス成長に逆戻りするのだから、いい加減に財政のバラマキをやめて、苦しくても経済構造改革によって景気回復を図れ」という意味のことがしばしば出てくる。
  しかしこの認識は二つの点で間違っている。一つは既に述べたように、財政刺激がやがて経済内部の自律的回復力を呼び起こすので、その時は財政刺激をやめてもマイナス成長に戻ることはない、という点を知らないことだ。もう一つの誤りは、経済構造改革だけで景気が回復すると思っていることだ。既に述べたように、経済構想改革は短期的にはデフレ的なので、それのみでは決して景気は回復しない。長期間経済構造改革だけをやっていれば、経済危機という大きな犠牲を払った後、何年か経って縮小均衡にたどり着くが、失業者と倒産企業で死屍累々という有様の景気下げ止まりであろう。

【民間主導の自律的回復が始まり財政刺激の役割は終る】
  98年11月、自自連立の下で政策転換し、98年度第3次補正予算、99年度当初予算、99年度第1次第2次補正予算、2000年度当初予算を組んだが、これらはすべて景気刺激型に組んだ結果、ついに日本経済の中に民需主導の自律的好循環が芽生えてきた。
  一つは、生産増加→雇用・賃金改善→消費回復→生産増加、の好循環である。鉱工業生産は、財政刺激を主因に、いま年率8%で上昇しているが(1月の生産予測指数の前年比は8.0%)、その結果失業率は4.9%(7月)から4.5%(11月)へ低下し、時間外手当と臨時雇用の急増が起っている。99年度の企業収益は3年ぶりの増益となるので、2000年のボーナスは増加し、雇用・賃金の改善による個人所得の増加と個人消費の回復が、2000年度上期中には必ず始まるであろう。

【設備投資は底を打ち2000年度から回復する】
  もう一つの自律的好循環は、設備投資回復→国内需要増加→設備投資回復、の好循環だ。「法人企業統計季報」の設備投資は、全体として前年比マイナス幅をどんどん縮小し、とくに中小企業非製造業の設備投資は7−9月に前年比プラス6%になった。11月のリース契約も前年比8.5%のプラスだ。更に11月の一般資本財出荷も、前年比7.2%のプラスとなった。これには輸出も含まれているが、99年中に設備投資が少なくとも下げ止まったことは疑いない。
  先行指標である機械受注(除、船舶・電力)は、季節調整すると、99年7〜9月に前期比プラス3.1%となった後、10月、11月の平均はこの7〜9月の水準を更に4.7%上回り、2四半期連続の増加が確実である。機械受注は設備投資に6〜9ヵ月先行しているので、99年度に下げ止まった設備投資は、2000年度上期中に回復に転じる可能性がある。
  以上の二つの好循環が2000年度上期中に始動すれば、2000年度当初予算の景気刺激効果と個人消費・設備投資の自律回復との間でバトン・タッチが行なわれ、2000年度下期以降は財政刺激の役割は終ることになる。他方、民需主導の成長に伴なう税の自然増収が出てくるので、2000年度下期以降は、中立的な財政政策の下でも財政赤字は縮小し始めるであろう。

【自自連立の小渕政権は経済構造改革の成果も挙げている】
  最後に、自民党の4人がしばしば言うのは、「自自連立の小渕政権が政策を転換して以来、景気対策ばかりで経済構造改革は行なわれなくなった」という事実の曲解である。

  自自連立の小渕政権は、橋本内閣の「財政再建最優先」の路線から、「景気対策最優先」の路線に転換したが、「経済構造改革」については、橋本内閣以上に実行している。60兆円の金融再生・金融健全化の枠組、中央省庁再編(大臣6名減、国家公務員10年間25%減など)、地方分権推進(地方自治体の数を3200から1000へ)、経営再編のための法整備と税制改革など99年の通常国会と臨時国会で次々と成立させた。そのスピードは橋本内閣よりも早い。
  最近の株価が、IT関連やリストラ企業の株価上昇、既往の保守的企業の株価低迷に二極分化しながらも、全体として1万9千円を超えて上昇しているのは、自自連立の小渕政権が実施した経済構造改革と景気対策が、車の両輪となって進み始めた証拠ではないか。