ペイオフ解禁一年延期の意味(2000.1.11)



【金融審も金融再生委も事実上「延期」を提案していた】
  昨年十二月二十九日夜、政府と自自公三与党はペイオフ解禁の一年延期を決めたが、これは「事実上」金融審や金融再生委の意向を参考にした決定である。このことが一部のマスコミにはまったく理解されていないようだ。
  まず金融審議会のペイオフ「解禁」の答申は限りなく「延期」に近い。@流動性預金は1,000万円超を含め全額保障する、A借り手は借入金と預金(定期性預金を含む)を相殺できる、B公金預金・特殊法人預金を新たに保障の対象に加える、C金融債も引続き保障する、D預金利息も新たに保障の対象とする、などの諸条件が付たこの答申の通りにすると、預金の9割以上を保障することになり、ペイオフ解禁の「延期」と殆ど同じだ。
  他方金融再生委員会の多数意見は信用組合についてのみ、ペイオフ解禁を延期すべきであるが、それが全面延期論につながるのは反対だと言っていた。

【金融審や金融再生委の提案こそ「護送船団方式」】
  以上の二つの議論は、いずれも2001年4月からのペイオフ解禁がかなり無理な話であることを示している。
  本来はペイオフの解禁によって預金の1,000万円超の部分の保障が必要なくなる結果、預金保険料が低下し、「小さな預金保険制度」になる筈であった。ところが、金融審の答申や金融再生委の部分延期論を実施すれば、1,000万円超の決済性預金、1,000万円超の信用組合預金、公金預金と特殊法人預金、金融債などを新たに保障対象に加えるのであるから、預金保険料は低下するどころか、逆に上昇する。
  これでは、信用組合預金、公金預金などの弱者を保護するため、健全な銀行に奉賀帳を回す「護送船団方式」そのものではないか。

【2001年4月解禁の決定は95年当時の誤った認識に基づく】
  そもそも2001年4月からのペイオフ解禁という政策決定は、1995年に行なわれた「誤った政策判断」であった。
  その後96年になって、自社さ連立の橋本政権は、住専処理によって「不良債権処理は峠を越えた」と公言した。ここで「早期是正措置(自己資本比率規制)」を97年4月から実施すれば、2001年4月までに金融機関は健全化し、ペイオフ解禁を実施しても金融システムに動揺は生じないと判断したのである。
  この甘い見通しは更に97年度の超デフレ予算の執行となり、たちまち日本経済はマイナス成長に陥り、同年11月には拓銀、山一の大型金融倒産に始まる金融危機が発生した。住専に対する不良債権は氷山の一角であり、一般顧客に対する100兆円近い不良債権は処理されずに残っていたからである。金融危機は翌98年の日長銀、日債銀の超大型金融倒産にも及び、60兆円の金融対策の枠組によって、かろうじてその広がりを止めたのが現状である。

【「延期」は誤った大蔵金融行政の尻ぬぐい】
  大型金融倒産は峠を越えたとは言え、まだ第二地銀、信金、信組の中には危ない経営がある。このため、もしペイオフ解禁となれば、大規模な資金シフトが中小金融機関から大銀行へ、民間から郵貯へ向って起こるであろう。その結果金融システムは動揺する。
  日本の金融行政は、手順を間違えたのである。まず不良債権の早期処理を92年頃から徹底的に行うべきであった。それを98年頃まで先送りしたのが間違いの始まりだ。
  第二に、不良債権を処理した後に手を着けるべき自己資本比率規制を不良債権未処理のまま97年4月から始めた。第三に同じ年、金融ビックバンを開始し、経営効率の改善を求めた。
  そして最後に、98年になって、一番始めに行うべき不良債権早期処理を迫った。その帰結が猛烈な貸し渋りである。そしていま金融健全化後に行なうべきペイオフ解禁を実施しようとしたのである。

【一年間延期の意味は業態によって違う】
  政府・与党による解禁の一年延期は大量の資金シフトによる金融システムの混乱を防ぐ最小限の措置である。これは大蔵金融行政失敗の尻ぬぐいであると同時に、金融機関経営のモラルハザードを防ぐギリギリの線である。2001年3月に実地検査が終了する信用組合について、業務停止、不良債権処理、出資金注入などの再建策を講じるには少なくとも一年は要る。他方、それらの措置の済んだ大手銀行、地銀などに対しては、引続き厳しい再建策の実行を金融監督庁が迫ることになっている。
  次の文章は、私を含む自自公の金融専門家グループが、昨年十二月二十九日夜、大蔵省、金融監督庁、金融再生委員会の官僚に渡した指示書である。
  「今回、与党3党として、ペイオフ解禁を1年延期するとの合意をするにいたったが、この決断は、この1年間を利用して、我が国金融システムを、21世紀冒頭の我が国経済全体の発展につながる安定性、競争力、活力をもったものとするためのものである。

  我が国金融機関は、金融システムを再構築すべく不良債権処理、再編等に取り組んでいるところであるが、今後もこれを緩めることなく厳しい努力を続ける必要がある。金融機関は、今回与えられた時間を利用して、経営のスリム化や再編・提携などを通じて、世界に通用する効率的かつ安定した金融機関となるよう最大限の努力をすることが求められる。」