鈴木淑夫著『デノミの政治経済学』の出版 (99.12.3)

【2ヵ月弱で出版にこぎ着けた】
  10月4日の自自公合意で、デノミネーションの3党協議開始が決まった直後、東洋経済新報社出版局長の大西良雄氏が私を訪れ、デノミの啓蒙書を著すことを薦めてくれた。
デノミについては、世の中に誤解も多く、全く考えたこともない人が少なくないので、政治的決断を下す前に、国民に対する十分なPRが必要であると考えていた私の気持ちは動いた。しかし私の日常は政治活動で極めて多忙であり、原稿を書き下ろす時間はとても見付け出せない。
  そこで私は大西氏に対し、私の音声でテープに吹き込んだ原稿でよければ、引き受けようと申し出た。大西氏は快諾してくれた。
  そこで私は寸暇をおしむようにして、平日の国会事務所や週末の書斎で、120分のテープ3本半に原稿を吹き込んだ。約7時間で第1稿を作ったことになる。それをゲラの形にしてもらい、全頁が真っ赤になる程修正や書き込みをして出来上がったのがこの本『「デノミ」の政治経済学』である。
  発行日付は12月16日となっているが、実際は12月3日(金)までに書店に並ぶことになっているので、2ヵ月弱という超スピードで一冊の本が出来上がったことになる。
  以下は、「はじめに」の全文と「目次」の要約である。一人でも多くの方にお読み頂ければ幸いである。

【はじめに】
  1円が0.0095ドル(1ドル=105円)、あるいは0.0091ユーロ(1ユーロ=110円)という姿に、日本人はすっかり慣れてしまった。若い人々はもともとそういうものだと思い込んでいるのではないか。しかしこれは異常な姿である。はっきり言って恥ずかしい事である。何故なら、第二次大戦前の日本円は1ドルに対し2円や3円で向き合っていたが、敗戦後に物価が何百倍にもなる大インフレーションが起こり、通貨価値がよその国の何100分の1にも下がってしまったのだ。それを「デノミ」で直しもせず、そのまま放っておくだらしのない国だということを、毎日世界に発信しているようなものだからだ。
  先進国の中で、第二次大戦後に物価が何百倍にもなったフランスとフィンランドは、それぞれ1960年と63年に通貨呼称単位を100分の1に直すデノミを実施した。あと始末をしなかったイタリアでは、2002年からリラに替ってユーロが流通し始めるので、四けたの為替相場で他の先進国通貨と向き合うことはなくなる。
  ひとり円だけが先進国の中で第二次大戦後の大インフレーションのあと始末をせず、 先進国通貨と3けた(あるいは小数点以下3けた)の為替相場で向き合っている。このような20世紀の負の遺産を、そのまま21世紀に引きずって行ってよいのか。
  しかもその日本は、GDP世界第二位、対外純資産残高世界第一位の経済大国である。ドル偏重で通貨危機を招いたアジア諸国は、貿易と資本取引で関係の深い経済大国日本の円をもっと使いたがっている。しかしその円が0.0095ドルでは、国際取引の価値尺度として失格しており、使い勝手が悪いことこの上ないのである。円を国際公共財として世 界、とくにアジアに提供するためには、ドル、ユーロと揃うように、「100分の1のデノミ」を実施しなければならない。それが二一世紀初頭における日本の大きな国際貢献である。
  21世紀初頭は、幸いにして「デノミの最適条件」を満たす経済状態になるであろう。デフレ・ギャップはなお残るので物価は引続き安定しているに違いない。景気回復に伴なう金利上昇は円高要因となるが、内需拡大に伴なう経常収支の黒字縮小は、行き過ぎた円高を防ぐであろう。企業業績は三年目の増益を迎え、「デノミのコスト」を負担できる筈だ。むしろIT革命に伴なう情報投資の中で、デノミ対応投資も容易に処理されていくのではないか。勿論、中小企業にはデノミ・コスト軽減のための対策を実施すべきである。
  デノミは新旧通貨の交換とは違う。現行の1万円札の上に新100円、5千円札の上に新50円、1千円札の上に新10円と重ね刷りし、また100円貨の上に新1円、10円貨の上に新10銭、1円貨の上に新1銭と刻印し、現行のお札や硬貨と一緒に並行流通させるのである。同じ様式のままで100分の1の呼称単位だけを重ね刷り(重ね刻印)したお札や硬貨が流通していれば、国民は生活実感として100分の1のデノミを理解し、通貨の呼称単位が変わるだけで国民生活には何の変化もないことを悟る筈だ。
  その後に新様式・新呼称のお札や硬貨を出し、三種類を当分の間並行流通させておく。そして日銀に還流してきた旧紙幣や旧貨幣と重ね刷り紙幣や重ね刻印貨幣だけを流通から引上げていく。5、6年のうちには、ほとんど新紙幣や新硬貨に入れ替ってしまうだろう。このようにデノミは、強制的な新旧通貨の交換ではない。溜め込んだおカネを摘発される心配はない。忘れていたヘソクリが出てきても、旧紙幣や旧貨幣はいつ迄も有効にしておくので大丈夫だ。
  「デノミの経済効果」は、コンピュータ・ソフト、帳簿、正札、自動販売機の構造などの変更に伴なう新規需要の発生と、同額の企業経費(ないし投資)の負担の発生である。
前者の需要増加は特定業界に集中し、後者の支出増加は企業一般の負担となる。企業一般がデノミ支出の増加分だけ他の経費や投資を削減すれば、経済全体として需要効果は中立的になる。通常は、同額の削減は起らないので、若干の需要拡大の効果が残る。
  しかしこの経済効果が「デノミの目的」ではない。デノミはあくまでも、第二次大戦後のインフレがもたらした20世紀の負の遺産を清算し、先進国として恥かしくない姿で21世紀を迎えるために実施するのだ。同時にそれは、円をドル、ユーロと並ぶ三大国際通貨として使い勝手をよくし、世界、とくにアジアに対し国際貢献を果たすためだ。
  以上のことを読者に分かり易く説明するため、本書ではまず第一部でデノミの意味を内外の経験を踏まえて詳しく解説し、第二部では21世紀初頭の日本経済がデノミ実施の最適条件を満たす、民間主導型の安定成長経済に入るであろうことを経済予測として述べ、第三部では円の国際化の必要性をデノミを含め詳細なデータを使って論じる。
  全体を貫く視点は「政治経済学」である。デノミは経済学のテーマであるが、その決断はすぐれて政治的である。日本人が20世紀中盤における敗戦の負の遺産を清算し、21世紀の国際貢献にどう取組むかという問題である。それは、まさに世紀の大事業だ。
  デノミが政治課題として浮かび上がったあと、このように早く本書が世に出るのは、東洋経済新報社出版局長大西良雄氏のお陰である。担当の岡田光司氏にもいろいろとご苦労をおかけした。ここに記して心からの謝意を表したい。

1999年11月9日
 上高井戸の書斎で
   鈴 木 淑 夫

【目次】
『「デノミ」の政治経済学』
第1部  なぜ、いまデノミか?
(1) 自自公合意のデノミネーション
(2) 「普通の通貨」ではない日本円
(3) 20世紀の負の遺産を清算していない日本
(4) 諸外国のデノミ実施例
(5) なぜ日本でデノミが出来なかったのか
(6) デノミ実施の最適条件とは
(7) 21世紀初頭・デノミ実施の条件がそろう
(8) 円をドル、ユーロと並ぶ三大国際通貨に
(9) 「デノミ実施」が21世紀の扉を開く
第2部  21世紀初頭の日本経済の姿
(1) 「失われた90年代」とデノミ最適経済の到来
(2) 短期、中期、長期の経済政策の失敗
(3) 自自連立政権のマクロ経済政策転換
(4) 金融危機の発生と自自連立政権の解決策
(5) 規制緩和と地方分権で日本型システムを変える
(6) 民間主導型自律的成長でデノミの最適条件が整う
第3部  ドル、ユーロと並ぶ国際通貨「円」の確立
(1) 国際通貨「円」の情けない現状
(2) アジア域内取引の発展に円は役立っていない
(3) アジアの通貨危機はドル偏重で起こった
(4) こんなに使い勝手が悪い日本円
(5) どうすれば円は国際通貨になれるか
(6) デノミで国際通貨「円」の成立条件が整う