円高で景気回復が阻害されると騒ぐのは間違い (99.10.27)

−最近の市場の反応は合理性を欠く−

【7〜9月に続き10〜12月も生産上昇は確実】
  9月の生産指数が発表になり、7〜9月期は前期比+3.8%の大幅増加となった。予測指数は10月−0.9%、11月+3.8%となっているので、10〜12月期も前期比でプラスになることは確実だ。因みに、12月が11月比横這いと仮定すると、10〜12月期は前期比+2.5%となる。生産の回復傾向はいよいよ明確になってきた。
  曜日構成も調整できるX−12ARIMAで季節調整すると、本年に入ってからの前期比は、1〜3月期+0.6%、4〜6月期+0.5%、7〜9月期+2.5%、10〜12月期(12月は11月の予測指数比横這いと仮定)+1.9%と一貫して上昇しており、とくに下期は加速している。
  景気動向指数は3ヶ月前の指数と比較して増減をみるが、これで生産指数の3ヶ月前比は、本年7月から11月(予測指数)まで5ヵ月連続でプラスとなる。生産関連の指数を多く含んでいる景気動向指数も、これで5ヵ月連続して50%を上回る可能性が高い。そうなれば、誰がみても景気回復だ。

【本年度末までには生産上昇が個人所得の回復につながろう】
  4四半期連続して生産が回復する中で、遅行指標の雇用面でも、8月に入って完全失業者が減って完全失業率は4.9%から4.7%に下がり、就業者は若干増えた。賃金面では時間外手当てが増加している。
  しかし、夏期ボーナスが減少していることもあって、個人所得が生産上昇を反映して回復し始める気配はまだない。
  ただし、11年度の企業業績は3年ぶりに増益に転じることは確実なので、年末の冬期ボーナスは下げ止まり、来年の夏期ボーナスは上昇に転じるであろう。また生産の上昇持続に伴なって、8月に現われた雇用回復の兆しも次第に広がってくる。従って、生産上昇に伴なう個人所得の回復も、本年度下期中には芽生えてくるのではないか。そうなれば、民需主導型景気回復の好循環の兆しといえる。

【景気回復と大量国債発行の予想で長期金利に上昇圧力】
  このような生産回復は、いまのところ、もっぱら政策に支えられている。GDPベースの公共投資は前年比2割増え、9.4兆円の減税が実施され、短期金利はほとんどゼロとなっていることから生まれる拡張効果である。
  しかし、長期市場金利は、将来の金利動向の予想によって左右される。生産上昇が示す景気回復の感触は、将来の金利上昇を予想させるのに十分である。その上、大型の第2次補正予算が決まれば、国債の追加発行で債券市場の需給が将来変わるであろうという予想もでる。日本銀行は「ゼロ金利政策」によって金融緩和効果の浸透に努めると決めたが(10月27日の政策委員会・金融政策決定会合)、景気回復と国債大量発行で将来の金利が上昇するという予想が強まれば、イールド・カーブ(金利の期間構造曲線)が立つ型で、長期金利が上がってくるだろう。

【介護保険料の徴収凍結に必要な財政負担は僅か5,400億円】
  このような予想が底流にあるため、例えば介護保険料の徴収凍結という情報が流れた25(月)〜26日(火)には、一時長期国債の市場利回りが1.945%へ上昇した。しかしこれは誤解に基づくものだ。介護保険料の徴収予定額が1.9兆円なので、1.9兆円の国債発行が追加されると思ったのであろう。
  介護保険料を全額1年間徴収しない場合は、財源は現行制度のままなので、来年4月からの介護制度に必要な4.3兆円と、現行制度の3.76兆円の差額、すなわち0.54兆円(5,400億円)だけが、新たな財政負担となる。つまり国債の追加発行は、僅か5,400億円である。
  水鳥の羽音に驚くような市場の反応は、あまり感心しない。

【103円の円高は日本の景気回復予想が一因】
  そうかと思うと、27日(水)に前記の生産指数が発表になった時には、景気回復の予想が強まってもよい筈なのに、長期市場金利は1.830%に下がった。長期債市場は過度に神経質になっているうえ、時に誤った判断をしているようだ。
  生産指数に対して正しい反応を示したのは、円相場であった。26日(火)のニューヨーク市場でドル安の流れが出来ていた上に、経企庁が本年度の成長率見通しを上方修正するという報道や、前記の生産指数の発表を受けて日本の景気回復の予想が強まり、ドル売・円買が強まった。27日(水)の日本市場では一時103円台となった。
  この円高に驚いて、27日の日経平均株価は289円も下がり、17,382円で引けた。

【最近の円高は景気回復の反映であり回復阻害要因ではない】
  しかし、この株安もあまり合理的反応とは言えない。理由は二つある。
  第一に、景気回復の予想が強まって長期金利が上昇したり、円高になったりした時は、同時に企業収益の予想も好転している筈であるから、株安は合理的反応とはいえない。
  第二に、円の名目レートが円高になったとしても、円の実質実効レートが低ければ、日本企業の国際競争力は痛手を蒙らない。
  実質レートというのは、日本と外国のインフレ率の差で名目レートを調整したものだ。競争力に係わるのはこの実質レートである。
  実効レートというのは、日本の貿易相手国ごとの為替レートを、相手国との貿易量を
比重に使って加重平均したものだ。日本の貿易全体に響くのは、この実効レートである。
  日本の国内物価はこの数年間下落しているが、外国の国内物価は上昇しているので、名目レートが横這いなら実質レートはどんどん円安になっている。
  また東南アジア諸国は1997年の通貨危機以降ドル・ぺッグを止めたため、これらの国々の為替レートは円と共変的に動き、ドルとは反対方向に動いている。つまり名目円レートが対ドルで円高になっても、実効円レートはそれ程の円高ではない。

【現在の103円は9年前の140円と同じ】
  日本銀行の試算によると、現在の円の実質実効レートは、円の名目レートが140円であった1990年頃の実質実効レートと同水準である。つまり現在の103円の名目円レートは、9年前の140円の名目円レートと同じ程度の影響しか日本企業に与えないのである。
  最近の円高に対して日本の輸出企業からは一向に悲鳴が聞こえてこないのは、この為である。騒いでいるのはマスコミと、それに踊らされている株式相場だけだ。
  日本の輸出企業にとって、この程度の円高の「水準」は恐くない。恐いのは円高の「スピード」だ。早過ぎる円高は、先物ヘッジでリスクを回避する暇がなく、ましてや海外に展開している部品工場や組立て工場へ生産シフトをする余裕がないので恐いのである。
  マスコミもいい加減に「円高で景気回復が阻害される」と騒ぎ立てるのをやめ、また株式市場はもっと冷静に円高の意味を分析したらどうか。