誤解に満ちた金融政策批判を切る(99.9.22)

【金融緩和の「継続」か「見送り」か】
  9月21日(火)の政策委員会・金融政策決定会合において、日本銀行が「金融緩和」(日経、読売の表現)あるいは「量的緩和」(産経、朝日の表現)を「見送った」と報道されたため、21日の欧米市場で円高が一時103円台まで進み、22日(水)の日本市場でも円相場は104円台、日経平均株価は607円安の17,325円まで急落した。
  日本銀行の決定を正確に表現すれば、「これ迄の思い切った金融緩和政策、いわゆるゼロ金利政策を持続する」となっている。「金融緩和」や「量的緩和」を「見送った」のではなく、金利をゼロにする程の思い切った「金融緩和」や「量的緩和」を「継続する」のである。

  しかし、マスコミの報道はすべて「見送る」となっているため、事情を知らない欧米市場では金融緩和や量的緩和が見送られるのならば当然円高だということになり、円買い投機が起った

【余剰資金の追加は意味もないし効果もない】
  しかし、現実の日本の金融市場では、無条件物コール・レートをゼロ金利(正確には短資会社の仲介手数料に見合った0.02%〜0.03%)に維持するため、準備預金制度の所要準備4兆円(1日平均)を更に1兆円程上回る余剰資金を買いオペなどで供給している。これは1兆円の資金がジャブジャブするような思い切った「金融緩和」であり「量的緩和」である。
  現にこの1兆円のうち7〜8千億円は、どの金融機関も使う必要がないので、コール市場のブローカーである短資会社の手許に積み上がっている。将に借り手のない「アイドル・マネー」である。
  このような状況に対して、いま一段の「金融緩和」や「量的緩和」をせよと要求すること自体、意味がない。余剰資金を更に追加すれば、アイドル・マネーとして短資会社の手許に積み上がるだけで、金利はこれ以上下がれないからである。従って、何の効果もないだろう。

【介入資金の非不胎化要求も無意味で効果なし】
    円高阻止のために行う円売ドル買介入に際して、売った円資金を余剰資金として金融市場に放置すれば円安の効果が大きいという「介入資金の不胎化中止論」についても、同じ理由で無意味であり効果のない政策である。
  7〜8千億円もの余剰資金がアイドル・マネーとして短資会社の手許に積み上がっている時に、円売ドル買の介入資金を市場にとどめても、アイドル・マネーが増えるだけであろう。既にゼロ金利となっているコール・レートが、その結果マイナス金利にでもなれば、資金が海外に流出して円安になるであろうが、そのような事は起こり得ない。いくら余剰資金を積み増しても、金利というものはマイナスにはなり得ないのである。
  介入資金の不胎化を止めよという主張も、まったく意味がなく、やっても効果はない。

【日常の金融調節の方が介入資金の利用よりも機動的で大規模】
  介入資金の大きさを考えても、この議論は現実的ではない。10億ドルという大規模な介入をしたと仮定しても、円資金としては1千億円程度だ。日本の金融市場では、時として数兆円規模の資金余剰や資金不足が発生し、日本銀行は売オペや買オペなどの金融調節手段で、その余剰や不足を毎日ならしている。介入資金などは、日々の資金余剰や不足の極く一部であり、とり立てて問題にするような金額ではない。必要ならば、日常のオペでもっと大きな余剰や不足を、機動的、意図的に作ることが出来るのである。オペに較べれば偶然的で小規模な介入資金を、金融市場の需給を調節する政策手段として重視することは、金融の実情を知らない素人の議論といえよう。

【マスコミ報道で二つに一つの選択を迫られた日銀】
  このように、日本銀行に対して「金融緩和」や「量的緩和」をせよとか、介入資金の不胎化政策を止めよと要求することは、金融の実情を知らない無意味で無効な議論である。
  それにも拘らず、日本の新聞・TVなどのマスコミ界では、日本銀行が「金融緩和」ないし「量的緩和」(不胎化中止を含む)をすれば、円高は阻止できるという誤った報道が支配している。これ以上金利が下がらない時に、余剰資金の積上げで何故円高阻止の効果が出るのかという肝心の点について、何の説明も無しにである。
  このような誤解に満ちた報道の結果、21日(火)の日本銀行は、どちらの方が悪影響が少ないかという、二つに一つの選択を迫られたのである。一つは無意味で無効な行動をとることである。もう一つは、行動をとらない結果、マスコミに踊らされた市場が失望し、円高になるのを覚悟することである。
  21日(火)の日本銀行の決定は後者であった。

【日銀が政策変更をすれば三つの理由で信認を喪失した】
  前者の場合の悪影響は、主として三つある。無意味で無効と考えている政策を、「駄目で元々」ぐらいの積りで採った場合、@日本銀行は目的と政策効果についてきちんと説明出来ない政策を採った、Aマスコミで「金融緩和」ないし「量的緩和」が政府や米国の期待だとか、そうしないと円高が進むとか書き立てられ、「日銀包囲網」が敷かれた結果、日銀は中央銀行の独立性を放棄して外部の圧力に屈した、B日本銀行の金融政策の目的は、物価と景気の筈なのに、目的外の為替相場を目標として政策を変更した。
  以上の結果、日本銀行とその金融政策は、内外の識者、海外の中央銀行などの間で大きな「信認の喪失」(loss of confidence)を招いたに違いない。

【日本銀行の政策決定は正しい】
  これに対して、政策変更をせず、マスコミが作り上げたシナリオを信じた市場の期待を裏切り、円高が進むことを許容した場合の悪影響は、景気の足を引張ることである。
  日本銀行は、この悪影響の方が、「信認の喪失」の悪影響よりも小さいと見たのであろう。私も、日銀のこの判断は正しいと思う。
  2〜3円の円高が景気に与える悪影響よりも、中央銀行の政策運営や独立性に対する信認の喪失の方が、はるかに長期にわたって大きな打撃を日本経済に与えるであろう。
  しかも、新日本銀行法に定められた物価や景気などの政策目標ではなく、大蔵省の政策目標となっている為替相場のために、そのような信認の喪失を招いたとなれば、新日本銀行法の枠組みそのものが、信用されなくなってしまう。

【過去の金融政策の失敗はすべて円高阻止から起った】
  第2次世界大戦後の日本の金融政策は、2回大きな失敗を犯した。
  第1回目は円切り上げ直後の1972〜73年に、一層の円高を阻止するために過剰流動性を生み出す大緩和政策を実施したことだ。その結果、73〜74年の大インフレーションを起こしたのである。第2回目はドル安防止(円高阻止)のために、景気が回復しているのに1987年秋から89年春まで超低金利政策を続け、バブルを発生させたことである。
  この2回の大失敗は、いずれも日本銀行が円高阻止に動いたために起ったのである。この大失敗の教訓を踏まえ、新日本銀行法では為替相場の維持を金融政策の目標からはずした。
  勿論日本銀行も、物価や景気という本来の政策目標に影響を与える限りにおいて、為替相場にも注意を払うべきである。しかし、為替相場そのものが政策目標であるという誤解を与えてはならない。その意味でも、今回の政策決定は正しかった。

【誰が何のために日銀包囲網を作ったのか】
  宮沢大蔵大臣は、速水日銀総裁と会談したあと、日本銀行の主張は理解できると述べている。谷垣大蔵政務次官は21日(火)の政策決定会合に、宮沢大臣の代理として出席し、意見を述べている。この二人と日本銀行との間には共通の理解があり、意志の疎通は出来ていたのではないか。
  そうだとすれば、誰がマスコミを使って、いわゆる「金融緩和」や「量的緩和」が円高阻止に有効だとか、米国を協調介入に引張り出すために欠かせない条件だとか書かせたり、言わせたりしたのか。
  私の疑いは大蔵官僚に向かっている。
  もし大蔵官僚がマスコミを踊らせてこのシナリオを人々に信じ込ませ、市場の誤った期待を作り出し、結果としてそれが裏切られ、円高になったのだとすれば、この円高の責任は日銀ではなく、大蔵官僚にあるというべきである。
  為替政策は大蔵省の責任であるから、マスコミを踊らせて日銀包囲網を作るなどという旧来の手法を使わず、新日本銀行法に従い、政策決定会合に出席して為替政策の立場から堂々と議論すべきであろう。それで日銀を説得できない場合には、自分の責任で、市場介入でも何でも出来る範囲のことを為替政策としてやればよい。そうすれば国民は、決定会合の議事録とその後の経済の推移を見て、日本銀行と大蔵省のどちらが正しかったのかを判断する。
  それが開かれた政策決定であり、民主主義である。