年金改革にみる官僚主導・政治追随 (99.3.29)
−与党議員になって驚き呆れること−
【官僚主導・政治追随の実状に驚き呆れる】
自自連立内閣の下、私も与党議員として3ヵ月を過ごし、政策決定・法案提出のプロセスに関与し、いろいろと考えさせれることが多い。
今更のように驚き呆れているのは、政策決定・法案提出のプロセスにおける官僚主導・政治追随の実状である。
【官僚は時代錯誤の官民交流法案をゴリ押し】
例えば、与党となった自由党の部会に、人事院と総務庁の役人がやって来て、「官民交流法案」を説明し、ご承認下さいという。この法案は2年前の人事院勧告に基づくもので、中央省庁から民間企業へ、民間企業から中央省庁へ、2〜3年間人を派遣して働かせ、民間のよいところ、官庁のよいところを学んで帰り、将来に活かすのだという。
官民癒着で不祥事が続出している最中の人事院勧告であったので、総務庁の官僚もさすがに立法をはばかり、2年後に立法化したという。しかも官民癒着を防ぐために、関連業界には出せない、所管官庁には行けないという制限が付いている。
私は呆れた。@リストラで日夜人員整理に苦労している民間企業が、どうして官僚を預かる余裕があるのか、どうして官民給料の差額補給というコストを負担して官庁に人を出す余裕があるのか。
それも所管官庁ではないとなれば、何のメリットもない。A21世紀を展望すれば、官民双方の終身雇用制を前提とする一時派遣形式の人事交流は時代遅れである。そうではなくて、労働移動形式の人事交流、つまり官僚の中途採用を容易にし、また若い人の官庁退職と民間再就職に伴なう年金等福祉面の不利を解消する立法こそが大切である。
【官僚の法案作成→事務次官会議→閣議→官僚の国会答弁】
@に対して人事院人事局長は、「官庁に人を派遣しているだけでその企業のステイタスが上がるので、民間は喜んで人を出す」と答えた。ここでもう一度私は驚き呆れた。従来所管官庁との官民癒着の中で行なわれてきた企業の官庁への人材派遣(ただ働き)を、このように解釈している人事院の勧告を、金科玉条のように考えてこれ迄法律を作ってきたのか!!
そこで私は、同じ与党である自民党に、どの部会のどの国会議員がこの法案を推進しているのか、問い合わせた。その議員と話し合おうと思ったからである。答えは、誰も熱心な議員は居ないが、法案は部会で承認してしまったとのことであった。
人事院と総務庁の担当者は、連日のように私達自由党議員のところに押しかけて来て、何日に「事務次官会議」、何日に「閣議」が開かれてこの法案が提出されるので、いい加減に承認してくれという。そういう一方で彼等は、読売や朝日などの主要紙に、この法案の閣議決定を予定日と共に報道させた。
これが官僚主導・政治追随の実態である。これを改めない限り、真の議会制民主主義(国会は国権の最高機関)は確立しない。私達自由党は、この時代錯誤で機能しない官僚制法案を現在も承認していない。従って、閣議決定、国会提出も報道通り行なわれなかったが、ほとんどの新聞はそれを国民に伝えていない。目下この法案は国会提出の目途が立っていない。
【年金制度改革も官僚主導で国民の期待とは違った方向へ】
これはほんの一例に過ぎない。万事が万事この調子で法案作成、事務次官会議承認、閣議決定、国会提出、政府委員という名の官僚答弁が進んで行くのである。
21世紀を展望すると、日本国民にとって一番大切な問題の一つが、少子高齢化が進む下で如何にして年金制度を維持するかであるが、これもいま官僚主導で国民の期待とは違う方向へ進もうとしている。
平成11年度は5年に一度の財政再計算の年なので、いま厚生省が「年金制度改正法案」を用意している。その手続きは、厚生省が「年金審議会」(厚生大臣の諮問機関)と「社会保障制度審議会」(総理大臣の諮問機関)に「年金制度改正案大綱」を諮問し、それを承認する旨の答申を受け、「大綱」に基づいた「年金制度改正法案」を作成し、事務次官会議承認、閣議決定を経て国会に提出する。
与党である自由党の部会に厚生官僚が「年金制度改正法案大綱」を説明しに来たのは、年金審議会に諮問する前であったが、私達自由党はこれに反対した。
ところが厚生官僚達は、最大与党の自民党の部会を説得して承認させると、さっさと年金審議会に諮問して答申を得、続いて社会保障制度審議会に諮問した。その上で、明日は答申を得るという段階で、自由党に早く承認せよと迫って来たのである。
【自自政策責任者は審議会の答申にとらわれないことを確認】
この傍若無人な官僚の態度には、さすがに連立を組む自民党の政策責任者も怒った。3月16日(火)の自自政策責任者会議(自由党は藤井政調会長、鈴木政調副会長など、自民党は池田政調会長、丹羽政調会長代理など)に厚生官僚を呼び付け、「政府の名において、実際は官僚が審議会をあやつり、与党の意向を無視して法案作成を強引に進めるとは何事か。自自連立は、そのような官僚主導を許さず、政治主導に変えることを合意の一つとして成立した政権である」と池田自民党政調会長が声を荒げて厚生官僚を叱りつけた。
その上で、3月19日(金)に答申を得る予定であった社会保障審議会の開催を24日(水)に延期させた。しかし、23日(火)の自自政策責任者会議に呼ばれた厚生官僚はどうしても当初予定通りの「年金制度改正案大綱」を年金制度審議会からの答申として得たいと主張した。
そこで私達自由党は、「24日(水)の年金制度審議会の開催と答申を敢えて阻止することはしないが、年金制度改正法案については自自政策責任者間で継続協議中であり、結論には達していないことを確認する」ということを自自両党間で合意した。つまり厚生官僚が隠れ蓑の審議会で作った法案大綱にはとらわれず、自自協議によって政治主導で法案を作成するという意味である。
【基礎年金を保険方式から税方式に切り替える理由】
厚生官僚が審議会を操って作った年金制度改正案大綱は、あくまでも現行の「社会保険制度」の枠内での改正である。
しかし、この年金保険の一階部分である基礎年金(すべての日本人に支給するナショナル・ミニマムとしての老齢年金)については、実に3分の1の日本人が年金保険料を払っていない。つまり保険制度としては破綻しているのである。にも拘らず厚生省は、これ迄の誤りを認めたくないため、国民皆保険制度として建て直すという。
しかし、ナショナル・ミニマムとしてすべての日本人に支給する基礎年金は、「保険料を払った人にのみ支給する保険制度」には本来なじまない。日本人全員に支給すべき年金である以上、その財源は保険料ではなく、国民が等しく負担する消費税に改めるべきである。
【政治家の主流は保険方式支持から税方式支持へ】
基礎年金を保険方式から税方式に改めるべきであるという主張は、自由党の基本政策の一つであるが、そればかりではなく、自民党の国会議員の中に多くの賛同者が居る。更に小渕総理の公的諮問機関である経済戦略会議も、基礎年金を保険方式から税方式に切り替えるべきだという答申を出した。また野党のうち民主党と公明党にも、同じ意見の人が多い。
このように、国民から直接選ばれた国会議員の大勢が、基礎年金を保険方式から税方式に改めるべしと言っている時に、官僚は依然として審議会を国民の声(実は官僚の声のエコー)だと強弁し、自分達の主張を通そうとしている。これを改めることは、21世紀の日本の基礎年金制度を破綻から救うと共に、日本の政治改革、行政改革の一歩を進める上で、極めて重要である。
【厚生省案では保険料が上がり給付水準が下がり国民は不安に】
年金保険制度にこだわる厚生官僚の誤りは、基礎年金制度だけではない。官僚が作って審議会に答申させた年金制度改正案大綱では、年金制度の二階部分に相当する報酬比例部分の給付水準を5%引下げ、当面凍結する保険料引上げも、将来は計画的・段階的に引上げを実施するという。
現行の年金保険制度は完全な積立方式ではなく、働く世代が年金受給世代を養なう附加方式を加味しているので、少子高齢化が進むにつれ、働く世代が払う保険料は引上げられ、受給世代に給付される年金は引下げられる。
これでは日本人は先行きが不安になるに決まっている。その結果、日本人は老後に備えた貯蓄に汲汲とし、自分で十分に貯えられる高所得層(特に若いスポーツ選手など)は馬鹿らしくて保険料を払わなくなる。
報酬比例部分の年金制度も、経済戦略会議の答申にあるように民営化を目指し、国民皆保険をやめて民間保険への加入を促すべきである。
【企画の方向や行政のルールを定めるのは政治の役割り】
日本の官僚は秀れた企画能力や行政能力を持っているが、企画の方向を指示し、行政のルールを作るのは政治の役割である。日本では官僚が自ら企画の方向を定め、行政のルールを決めてきた。
高度成長期のように日本が定めれられた軌動を走っている間はそれでも大過はなかったが、改革期の現在はうまく行かない。国会を国権の最高機関とし、これに対する行政の従属を定めた日本国憲法の議会制民主主義にも反する。
そもそも官僚は、過去の行政の誤りを問われることを嫌うあまり保守的であり、自ら改革の起案をしない。今回の厚生省の年金制度改正案大綱には、それがよく出ている。官僚に改革を指示するのは、政治の役割でなければならない。
【政府委員廃止、副大臣・政務官導入で政治主導に変る】
このほど自自両党の政策協議によって、政府委員制度の廃止とこれに伴なう副大臣の設置などが最終的に合意した。
政府委員という名の官僚による国会答弁は、官僚による法案作成に始まる官僚主導型立法の最終仕上げの手法である。自自両党は、この政府委員制度を廃止する法案を現在の第145回通常国会で成立させ、次期会期から官僚の国会答弁は、委員会が参考人として呼ばない限り出来ないことにする。
他方、2001年1月に1府12省庁へ中央省庁を再編する際、与党国会議員から全部で26名の副大臣、27名の政務官を任命し、各府省庁内の政治主導を確立する。2001年1月までの過度的措置としては、政務次官を11名増員し、全部で38名として各府省庁内の政治主導を実現することとなった。
これによって将来は、政治の動向を無視した官僚主導の立法が不可能になるであろう。