国債管理政策とツイスト・オペを実施せよ (99.2.8)

−長期金利対策と株価対策−

【日銀の国債引受けと株式の買上げ・凍結は愚策】
  不況下で長期市場金利が上昇し、それが円高を誘い、金利上昇と円高の両面から不況が更に深刻化するのではないかという予測で株価も下落し、八方塞がりの様相を呈している。
  このため、長期市場金利対策として日本銀行による長期国債の引受け、また株価対策として株式の買上げ・凍結が議論されている。しかし、戦前の苦い経験(財政の節度喪失、インフレなど)の反省から財政法で禁じられている長期国債の日銀引受けを解禁するのは、適切ではないし、必要もない。長期金利の上昇に対しては政府の国債管理政策(長期国債の発行減少と中・短期国債の発行増加)と、日本銀行のツイスト・オペ(長期国債の買オペと政府短期証券=FBの売オペ)によって対処すれば十分である。
  また株価については、買上げ・凍結など市場に介入するような人為的な株価操作を行えば、かえって内外投資家の信頼を失ない、株式市場が沈滞する。民間の私的契約ベースによる持合い解消株の市場流入遮断策であれば、個々の企業努力であるから、市場原理になじむ形で工夫する余地があるかも知れない。

【長期国債大量発行に伴なう需給悪化予想で長期金利のみ上昇】
  まず長期金利上昇問題から考えよう。
  昨年秋頃のゼロ%台の長期市場金利は、長続きのしない異常値であった。民間の金融不安で資金が長期国債市場に集中し、国債相場にバブルが発生したのである。しかし、平成11年度の積極予算が明らかになるにつれ、長期国債の大量発行と資金運用部の長期国債引受け減少で民間の国債需給が悪化するのではないかとの予想が生まれ、今年に入ってバブルが破裂した。これに伴ない、市場利回りは1.7〜1.8%程度となったが、これは不況下で先行きの見通しが極端に悪化している現状では、自然な水準であった。ところが先週あたりから更に2.3〜2.4%に上昇してきた。
  大不況で民間資金需要が沈滞し、日銀の金融調節で金融市場が超緩和の状態にあるので、これはグラウディング・アウト(国債大量発行による資金需給逼迫)ではない。将来の長期国債大量発行によって、長期国債の需給が崩れるのではないかという予想が生まれ、値崩れ前に売ろうという思惑から長期国債が大量に売られて値崩れし、「長期」市場金利だけが上昇したのである。「短期」市場金利(コールレート、TBレート、CPレートなど)は日銀の緩和政策により、ゼロ%台にとどまっている。

【ゼロ%台の短期金利と2%台の長期金利は不自然】
  短期市場金利がゼロ%台にとどまったまま長期市場金利のみが2%台に上昇したので、イールド・カーブ(金利の期間構造)は著しく傾斜が立ってきた。
  普通はこのような場合、短期金利と長期金利の間には金利裁定が働いて、長期金利が下がり、短期金利が上がる。つまり、資金は高金利を求めて短期市場から長期市場へ流入し、長期市場金利が下って、短期市場金利が上がる。その時日銀は金融調節で短期市場金利の上昇を押えることが出来るので、最終的には長期金利のみが下がる形で落着く。
  この場合、もし長期金利が下がらないとすれば、以下の二つのケースしか考えられない。
  一つは、近い将来景気好転で短期金利が政策的に引上げられるとの予想で、長期金利が上昇している場合である。しかし、これは現状ではあり得ない。
  もう一つのケースは、短期市場と長期市場の間で金利裁定が働かない場合である。これは両市場の参加者が異なり、両市場が分断されているような場合だ(市場のセグメンティション)。しかし日本では、銀行をはじめとする多くの機関投資家が両市場にまたがって資金を動かしており、例えば短期市場で資金を調達して長期市場に投資(長期国債を購入)することができる。従って、市場が構造的に分断されている訳ではない。

【長期国債の値崩れ予想そのものを変える政策を打て】
  そこで政策的判断は二つあり得る。
  一つは、日本の市場は分断されていないので、日銀が短期市場の金利を低く保っていれば、やがては長期金利も1.7〜1.8%あたりに下ってくると見て何もせず、ただ短期市場を超緩和に保つ金融調節を続けることだ。今のところ、日銀のスタンスはこのように見える。
  もう一つは、構造的な市場分断はないとしても、長期国債大量発行に伴なう長期国債相場の値崩れ(キャピタル・ロスの発生)を恐れて機関投資家が買向かわないとすれば、「値崩れ予想そのものを変える政策」を打つことだ。この政策は二つありうる。

【政府は国債管理政策、日銀はツイスト・オペ】
  第一は政府の国債管理政策(debt management policy)である。今までのように10年物の長期国債を中心に国債発行をせず、もっと3年物、5年物の中期国債や1年物の短期国債(TB)の発行を増やし、10年物の長期国債発行を減らすことである。少なくともそのことをアナウンスするだけでも、長期市場金利を反落させる効果を持つだろう。
  もう一つは、日本銀行が長期国債の買オペと政府短期証券(FB)の売オペを同時に実施する形で、ツイスト・オペレーションをすることだ。長期国債の購入を増やしても、他方でFBを同額売っているのであるから、日銀の政府に対する信用供与が増える訳ではなく、財政節度が緩む懸念はない。しかも日銀引受けとは異なり、イニシアチブは政府の側にはなく、日銀の側にある。
  政府と日本銀行が、このような国債管理政策とツイスト・オペを実施する決定をしただけで、将来の長期国債の需給悪化懸念は薄れ、長期市場金利は1%台に下がってくるであろう。

【株式の買上げ・凍結案は株式市場の自殺行為】
  次に株価対策を考えてみよう。
  経団連の二十一世紀研究所(田中直毅理事長)が提唱している公的資金による株式買上げ・凍結案は、市場経済の基本ルールに違反する愚策である。公的介入によって人為的な株価買支えを行なえば、公的当局の裁量によって株価が恣意的に操作される不公正な市場とみなされるので、内外投資家の信頼を失ない、取引量が減り、かえって株式市場は沈滞に陥るであろう。グローバル化した今日の市場経済では、そのような市場は生き残れない。これは株式市場の自殺行為である。

【市場を通さず、証券健全化機構の中で株式持合いを解消する案】
  これに対して、経団連本体が検討している「株式持合い解消の株価に対する悪影響を遮断する案」は、もう少しまともである。これは公的資金を使うわけではなく、民間の企業や金融機関の間の私的契約に基づくもので、若干の法改正を要する程度である。
  この案は二種類ある。
  一つは、民間出資で証券等健全化機構を作り、持合いを解消したい企業(金融機関を含む。以下同じ)は、お互いに相手企業の株式をこの機構に売る。そして、相手企業がこの機構に売った自社株を5年以内に買取って消却する。これは持合い解消を5年かけて行なうが、それを市場外の機構内で行なうことにより、市場に対する株価引下げ圧力をブロックしてしまう案である。
  この案の煮詰まっていない点は、@自社株消却をする迄の間に値下がり損が発生した場合、誰(機構、売手、買手)がその損失を負担するか、Aまたその間の議決権は機構に移るのか、B銀行の場合、自社株消却をしなくても、持合いの相手が自社株を機構に売った段階でBIS規制上の自己資本比率は下がるが、それでも大丈夫か、などである。
  これ等の点が煮詰まり、関係企業がそれでよいとなれば、市場経済における企業の自主的契約として許容できる案になるかも知れない。

【持合株式の年金拠出で一石三鳥を狙う案】
  経団連本体が提案しているもう一つの案は、持合い株式を市場に売却して現金化(株価に悪影響)せず、株式あるいは信託財産のままで、積立不足に直面している年金に拠出する案である。
  これは、株式持合い解消と年金積立不足解消の二つを狙った一石二鳥の案であり、しかも株価に悪影響を及ぼさない点で、一石三鳥とも言える。
  この案の問題点は、拠出ないしは信託された株式の処分権が企業に残らないので、市場に売却される恐れがあること、議決権も信託を受けた受託機関に移ってしまうこと、などであろう。また株価が下った時にも、追加拠出の問題が起きる。
  この案も、企業の自主的な私法上の契約の問題であるから、よい案が出来れば効き出すであろう。年金積立不足と持合い株式解消は、多くの企業が直面する深刻な問題であるだけに、注目される。
  しかし、いずれにせよ、株価の回復は最終的には日本経済の構造改革とそれに基づく持続的成長への復帰に懸っている。企業による株価対策は、市場のルールに反しない限り、自己責任に基づく自助努力として評価されるべき事であるが、それで株価が回復する訳ではない。