11年度予算・税制改正で来年はプラス成長に転換できるか(98.12.24)

−転換後の加速力はあるが転換させる力は弱い−

【公共事業予備費5千億円と減税3.1兆円を追加】
  予算案・税制改正案を前提に、平成11年度の経済をどう展望すべきか。
  12月25日(金)に決まる政府の平成11年度予算案や先に決まった平成11年度税制改正案は、11月19日(木)の小渕・小沢両氏による自・自党首会談の合意に従って、自民党と自由党が協力して編成したものである。
  しかし実際には、夏の概算要求から始まって積み上げて来た最終段階で自・自政策協議が行われたので、細かい事は既に決まっていた。従って、大枠や大事なポイントについてのみ、自・自協議の成果が反映された。
  その主なものは、まず公共事業予備費5千億円を追加することによって、前年度当初予算費の増加率を5.5%高め、景気浮場が不十分な時は補正予算を組むことなく、この予備費を国家的プロジェクト(整備新幹線、中部国際空港、関空2期など)に追加して工事を加速することとした。また減税についても、当初案の所得課税4兆円、法人関係税2.3兆円、合計6.3兆円の減税に加え、住宅投資、設備投資、証券取引などに関する政策減税や子育て減税、合計3.1兆円を追加し、総計9.4兆円とした。

【公共投資の下期息切れ説は当たらない】
  以上の結果出来上がった11年度予算と税制改正の経済効果をどう見るべきか。
  まず一般歳出のうちの公共事業費は、前述のように予備費5千億円を追加したので、10年度当初予算比10.5%増となった。もっとも、第3次補正後の10年度予算に比べればマイナスである。ただ、実際には、第1次補正予算の公共事業費の支出は9月から始まったばかりなので、予算に計上した2.5兆円のうち0.9兆円の支出は平成11年度にズレ込む。ましてや第3次補正予算に計上された2.7兆円については、その大部分、2.3兆円の支出が平成11年度にズレ込む。従って支出ベースでみると、平成11年度は10年度比15〜20%(予備費使用の有無とタイミングに依存)の伸びになるというのが、大蔵省の試算である。
  この大蔵省の試算が信用できるとすれば、民間調査機関の予測にある公共投資の「11年度下期息切れ説」は根拠がない。平成11年度上期は、平成10年度第3次補正予算の支出ズレ込みが中心となり、11年度当初予算の本格的支出は夏以降年度下期にかけて行われるので、年度下期に息切れは発生しない。必要ならば5千億円の予備費支出の追加もある。

【法人減税と投資減税で設備投資急落を止められるか】
  むしろ問題は、支出ベースで公共事業が15〜20%伸びるとしても、それで景気が立直るのか、という疑問である。
  何故なら、GDPベースでみて公共投資の2倍の規模を持つ民間設備投資が、先行指標の機械受注(民需、除船舶・電力)では前年比マイナス20.3%(7〜9月期)、法人企業動向調査ではマイナス14.2%(10年度下期、製造業)というスピードで落ちているからだ。これでは、公共投資が15〜20%伸びても相殺され、なおマイナスが残る。
  この急落する設備投資が、平成11年度に入って下落テンポが鈍化し、下げ止まってこない限り、公共投資拡大の効果は、平成不況時の平成4〜5年がそうであったように、表面化しないであろう。
  11年度税制改正では、法人実効税率が国際標準並みの41%弱に引下げられる(2.3兆円減税)ほか、時限立法によるパソコンの即時償却制度導入などの投資促進減税が行われる。これらが果たして、景気の先行き観悪化に基づく設備投資急落に歯止めを掛ける力があるのだろうか。

【住宅投資はやや回復、個人消費はマインド次第】
  設備投資と並んで11年度経済の行方を左右するのは、個人消費と住宅投資である。
  所得税・住宅税の4兆円減税は、最高限界税率を65%から50%に引下げた上での定率減税(上限付き)である。本年に2兆円の定額減税(減税率は所得が低いほど高い)を、昨年分と本年分の特別減税復活として2回、合計4兆円実施した。このため、マクロ的に見れば、11年の4兆円減税は、ネット減税としてはゼロである。ミクロ的に見れば、年収8百万円台以下の低所得層は増税、それ以上の高所得層は減税となる。
  これで、個人消費と住宅投資を十分に刺激できるであろうか。自・自協議の結果、子供の扶養控除を拡大し、また育児手当の所得制限を緩和したが、マクロ的な景気刺激効果はあまりない。消費は人々のマインド次第でどちらにも振れる状態が続くのではないか。
  一つだけ効果がありそうなのは、2年の時限措置として、住宅投資減税を拡大したことである。一定の住宅取得繰上げの効果は出るに違いない。もっとも住宅投資は設備投資の四分の一の規模に過ぎないので、設備投資急落のデフレ効果を打消す力は、住宅投資回復だけでは出てこない。

【プラス成長に転換させる力は不十分】
  このように見てくると、11年度の予算と税制改革はマイナス成長を続ける日本経済をプラス成長に転換する上で、十分の力を持っているとは言い難い。従って11年度の経済動向は、かなりの幅を持って可能性を読まなければならない。
  とくに個人消費に対しては、税制はほとんど中立に近い。従って軽自動車が爆発的に売れているように、何かヒット商品が出たり、あるいは冬は寒く夏は暑くて季節商品が大きく売れたり、耐久消費財の買換えのサイクルが自律的に働いたりすると、消費性向が高まる形で消費がプラスに転じることはあり得る。しかし、そういう事がなければ、消費マインドは萎縮したままで、個人所得の減少がそのまま消費の減少に反映される。
  また公共投資と住宅投資の回復だけでは、マイナス成長をプラス成長に転じる力は不十分である。しかし、少なくとも経済全体の下落テンポを弱める力はある。それによって在庫調整が進むと、生産の急落がやみ、雇用、賃金面の悪化が止まる効果が出るかも知れない。

【ひと度プラスに転じれば加速させる効果はある】
  以上のように、経済内部の自律的な動きが、幸運にも一致してプラス方向に働き、とくに消費が拡大してプラス成長に転じると、今回の減税の効果が働き出す。何故なら、法人減税も、投資促進減税も、子育て支援減税も、証券取引減税も、経済が縮小している時は何の効果も出ないが、一度経済が拡大し始めると、それを加速する効果を発揮する性格のものだからである。
  要するに11年度予算と税制改正は、消費税の一時的凍結と再引上げ、時限的な加速度償却や投資の課税所得控除など「異時点間代替(inter-temporal substitution)」(このホームページの『雑誌掲載論文』欄「経済を見る眼」『週刊東洋経済』98年12月19日号参照)を誘う大胆な政策が無いので、マイナス成長をプラス成長に転換する力は弱い。しかし、ひと度プラス成長に転換すれば、それを加速する力は持っている。
  従って、11年度の成長率0.5%という政府の経済見通しは、達成されない可能性と、超過達成する可能性と、両方あると言わざるえない。
  総ては今後の消費マインド、投資マインドの動向に懸っている。それをキメ細かく観察し、分析していく以外に、正しい予測を行う方法はない。それだけに、展望の難しい年である。