日銀の年末・年度末対策の効果と限界(98.11.16)
【危機感に根差す新しい三つの日銀信用供与方式】
日本銀行は、11月13日(金)の政策委員会において、年末および年度末の企業金融を支援するため、新たに三つの日銀信用供与方式を打出した。これは、年末および年度末の企業金融に対して、日銀が如何に深刻な危機感を抱いているかを物語るものである。
第1は、年度末を越えた来年4月までの臨時的な措置として、本年9月末に比べて貸出を増やした銀行に対しては、貸出増加額の50%に相当する資金を公定歩合の0.5%で日銀が貸出す(1.5〜2.0兆円の予想)。
第2は、日銀がCP(コマーシャル・ペーパー)を対象として買オペレーションをする場合の適格条件を緩和し、従来の期間「3ヵ月以内」のCPから「1年以内」のCPに拡大する(2兆円の予想)。
第3は、企業が発行する社債や企業向け証書貸付債権を担保として銀行が振り出す手形を、日銀が買オペレーションで購入する。ただし、この対象となり得る企業の適格基準は、従来と変らず、緩和はしない。
【臨時貸出し方式は採算と流動性の両面から一定の効果】
さてこの三つの新しい日銀信用供与方式は、年末および年度末の企業金融を緩和し、資金繰り倒産を少なくする上で有効であろうか。
第一の臨時貸出し方式は、採算と流動性の二つの面から銀行に貸出増加の誘因を与え、その限りで有効であろう。
現在のマネーマーケットでは、期間1ヵ月以内のコール・手形レートは公定歩合の0.5%を下回っているが、期間2ヵ月以上の資金は公定歩合の0.5%を上回っている。従って、この方式によって期間2ヵ月以上の日銀貸出を受けることは、銀行にとってコスト面で有利である。また貸出増加資金の50%が日銀貸出によって流動化することは、銀行自身の流動性維持の面からみても有利である。
従って、この日銀貸出し方式は採算と流動性の両面から銀行貸出しを増やし、企業金融の支援に役立つであろう。ただしその場合も、企業の業績に問題があって、貸出が不良債権化する危険性が高ければ、実行されないであろう。その意味で、抜本的な景気対策が打たれない限り、この貸出し方式の効果にも大きな限界がある。
【優良企業の金融を援けるCPオペ拡大】
次に第2のCPオペの拡大は、日銀適格の優良企業が振出したCPでも、期間が3ヵ月を超えているために買オペ対象とならないCPが、この新方式によって流動化する。その限りで、優良企業の期間3ヵ月超のCPを銀行が購入する動機が強まり、企業金融の支援に役立つ。
CPは企業が振出す単名手形であるから、期間3ヵ月以上のCPを振出し、市場で受入れられる企業は、かなりの優良企業である。従って、この新しい日銀のCP買オペは、そのような長期CPを振出せる優良企業の資金繰支援と銀行の流動性維持には役立つが、業績の厳しい企業やCPを発行できない一般の中堅・中小企業の年末、年度末金融に直接は役立たない。
【社債等担保方式の恩恵は大企業に限られる】
最後に第3の社債等担保買オペ方式は、従来日銀信用を受ける際の担保適格性を備えていながら、役に立っていなかった社債等が、日銀信用供与の手段に使われることによって流動性をもつようになる。この点で、社債発行や証書借入を通じる企業金融を援け、また銀行の流動性を高める効果がある。
ただこの場合も、この恩恵に浴せる企業は日銀担保適格性を有する大企業に限られるという意味で、効果は限定的である。
【日銀の真剣な危機意識と新しい発想を評価する】
以上のように、三つの新しい日銀信用供与方式は、企業金融緩和の効果にそれぞれ限界がある。しかし、年末や年度末の厳しい金融情勢を展望すると、銀行の貸し渋りを緩和し、企業金融を支援する上で、一定の効果があることは間違いない。おざなりの「緊急経済対策」しか打出せない政府・自民党に比べれば、日本銀行の方が従来の発想にとらわれない新しい信用供与方式を打出したという点で、評価できる。危機感も、日銀の方が本物である。しかし、新しい発想であるだけに、問題点がない訳ではない。
【日銀は資産と担保の内容を分かり易く開示せよ】
買オペ対象CPの期間延長を除くと、日銀信用供与の適格条件を緩和したのではないから、これによって直ちに日銀の資産内容が大きく悪化するとは言えない。しかし、長期のCPとか、ロットの小さな社債とか、貸付証書とか、従来に比べれば、流動性の低い資産が日銀のポートフォリオや担保に入ることは間違いない。その限りでは、日銀券の裏付けとなる資産内容が、程度の差はあれ悪化する。
従って日本銀行は、市場の誤解を避けるため、資産や担保の内容を種類別に(個別企業名は不必要)分かり易く開示し、問題視される程の資産内容悪化ではないことを、積極的に市場に示すべきであろう。
【日銀はモラル・ハザード発生に気を付けよ】
もう一つの問題点は、モラル・ハザード発生のリスクである。
この三つの新たな日銀信用供与方式によって、銀行は低利の公定歩合で鞘をかせいで儲ける機会や、社債などの保有資産を容易に流動化する機会を与えられることになる。これに甘えて、銀行の経営姿勢が安易に流れることがないよう、日本銀行は十分看視しなければならない。
企業については、年末と年度末を控えて、資金繰りの見通しをつけるのに追われている企業が大部分なので、通常の場合はモラル・ハザードが発生する余地などはないであろう。しかし、優良大企業の一部が、これによって長期CPや社債の発行を安易に拡大し、銀行信用の枠を先食いして中堅・中小企業を圧迫するようなことは、万に一つもあってはならない。