年金制度改革と減税プログラムを提案する(98.11.2)



【国民の不安を強める年金制度の改革案】
  日本経済の危機は、9兆円の国民負担増を含む97年度の超デフレ予算の執行と2003年度までの財政刺激策の手足を縛った財政構造改革法の実施、最近に至るまでの不良債権早期処理の先送り、など自民党政府による数々の政策の失敗によって引き起こされた。しかしこれ等と並んで、自民党政府が少子高齢化を控えた21世紀の日本に備え、抜本的な構造改革を実施せず、問題を先送りばかりしているため、国民が少子高齢化の進む将来に不安を抱き、生活防衛のために消費や住宅投資の態度を萎縮させていることも、経済停滞の大きな原因となっている。
  その最たるものが、年金改革問題である。
  日本では、5年に1回「財政再計算」と称して、日本の年齢構成推計や財政事情を基に、国営老齢年金制度の収支を試算し直し、国民年金や厚生年金の給付と保険料を見直し、改正を行っている。来年がその財政再計算の年に当たるため、去る10月28日(水)、厚生省は年金審議会の答申をふまえて、「平成11年度年金制度改正案」を発表した。
  この改正案もまた、抜本的な制度改革に踏み込まず、財政収支の辻つま合わせに終始しているため、将来に対する国民の不安を著しく強めるものになっている。

【現行制度のままでは必ず支給減、負担増になる】
  現行の年金制度の基本的枠組みを維持したまま、5年毎に財政再計算を行なえば、5年前に推計した以上に寿命が延びて高齢者の推定人口が増え、5年前に予想した以上に出生率が下がって推定若年人口が減るので、高齢者一人当たりの年金給付水準を抑制し、若年者一人当たりの年金保険負担が増えるに決っている。毎回毎回、5年毎にこれを繰り返しているのがこれ迄の姿であり、今回も例外ではなかった。
  これでは、将来年金をもらう国民は、一体どこ迄給付水準が下がるのだろうかと不安になり、今後何十年も年金保険料を払い続ける若い人々は、一体どこ迄保険料負担が増えるのかと心配になるのは当然である。

【今回の支給減と負担増一時凍結の問題点】
  今回の給付抑制案は、支給開始年齢の引上げ(60歳から65歳へ)、報酬比例の厚生年金支給額引下げ、基礎年金支給額の引下げ、などの組み合わせによって3案を用意している。しかしいずれにしても、これから年金をもらう世代の給付水準は下がるのである。
  他方、保険料負担の引上げ(3兆円)は景気への影響を考えて一時凍結するとしている。小渕内閣は、来年に7兆年近い減税を実施すると言っているが、本年に昨年分と合わせて2年分の特別減税合計4兆円を実施したので、来年のネット減税は3兆円弱にすぎず、年金保険料の引上げ3兆円を実施すると、国民負担は若干増える。従って、保険料引上げの凍結は当たり前であって、実施すれば、不況下の日本経済を更に絶望的な状態に突き落とす。
  しかも、凍結とは将来凍結分も含めて大幅に保険料が引き上げられることを意味する。従って例え凍結しても、賢明な日本国民は貯蓄を増やし、景気刺激効果などは期待できない。

【ナショナルミニマムである基礎年金は保険になじまない】
  今回の改正案で一番問題なのは、基礎年金制度の改正に手を着けずに先送りし、場合によっては現行制度のまま将来の基礎年金給付水準を引下げるとしていることだ。
  基礎年金は、高齢者医療、介護と並んで、高齢に達した日本人であれば、誰でも社会全体によって保障されるべき最低限の社会保障水準、いわゆる「ナショナルミニマム」である。その水準を将来引下げるなどという厚生省案は、断じて許すことは出来ない。日本人の基本的人権の水準に係わる問題だからである。
  基礎年金は、ナショナルミニマムの一環である以上、すべての日本人高齢者に対して保障されるべき所得保障であり、保険料を払った人にだけ保障するような性格のものではない。その意味で、元来保険制度にはなじまないのである。

【保険になじまないことから生まれる数々の矛盾】
  それにも拘らず日本では、基礎年金を国民年金制度として、あるいは厚生年金制度や共済年金制度の基礎部分として扱っている。ここから様々の矛盾が出てくる。
  少子高齢化が進むと賦課方式に基づく若年者の負担が重くなるから、ナショナルミニマムである基礎年金の給付水準を引下げてしまえという暴論が出るのも、矛盾の一つである。
  厚生年金に加入しているサラリーマンの妻が、保険料を払っていないのに基礎年金を受け取れるのは不公平だとか(3号被保険者問題)、国民年金の保険料未納者が3分の1に達しているという問題も、全員に保障すべきナショナルミニマムを、保険制度という保険契約者にのみ保障する制度で実施しようとすることから生まれる矛盾である。

【消費税を1%に引下げ高齢者社会保障税として再出発】
  基礎年金は、高齢に達した日本人に対し、日本の社会全体で保障する最低限の所得水準であるから、本来、日本国民全員で負担すべきものである。労働年齢人口の人々のみが、所得税や賦課方式の年金保険料として負担するから数々の矛盾が生まれる。日本人全員が、広く負担する方法は、消費税のような間接税である。
  消費税をナショナルミニマムである基礎年金、高齢者医療、介護という三つの目的に使途を限定した高齢者社会保障税に組み替えるべきである。これは自由党の主張である。

【税制改革・減税実施の中期プログラム】
  私は、このような高齢者社会保障制度の改革と、目先の景気刺激策とを一本化した政策戦略として、以下のような政策プログラムを考えている。
@ 本年12月以降来年度末(2000年3月)まで、消費税率を1%へ引下げる(10兆円減税)。
A 1%残すのは地方財政悪化に配慮した地方消費税分である。この分は2000年3月迄に、付加価値を外形標準とする法人事業税に移行する。
B 2000年4月以降、上記の高齢者社会保障税を2%の水準で導入し、2年間は毎年度2%づつ引き上げる(3年間にわたり毎年5兆円増税)。
C 同時に、2000年4月以降、所得課税と年金保険料(基礎年金部分)の合計を、毎年度5兆円づつ3年間にわたり減税する。この結果、本年12月以降の消費税率4%引下げに伴なう10兆円減税は、恒久的な減税となり、2000年4月以降は10兆円減税の範囲内で直間比率の是正が進む。

【消費税1%への引下げ効果】
  以上の政策プログラムを実行するならば、本年12月以降、大規模な買急ぎが起こり、買急ぎは高齢者社会保障税が6%に達する2002年4月まで続く。所得税と年金保険料の引下げによって10兆円減税は恒久化するので、この買急ぎの所得は保障される。従って、個人消費と住宅投資が3年間にわたって回復を続けるであろう。
  そうなれば現在の需給ギャップは縮み、設備投資も回復するので、日本経済は実力相応の3%程度の成長軌道に軟着陸する。そこから先は、生産増加、所得・雇用増加、国内民間需要増加、生産増加、という好循環に基づく自律的成長メカニズムが働らくので、買急ぎを誘う高齢者社会保障税の引上げが止っても、成長は持続する。

【消費税引下げが先、所得課税減税は後】
  来年の減税については、各党は所得課税の減税を主張している。しかし政府・自民党は、本年の特別減税を定額減税として実施したため、ただでさえ国際的に見て高い課税最低限度が、361万円から491万円に引上がってしまった。このように税体系が歪んだ結果、来年所得課税の制度減税を実施すると、年収361万円から491万円の間だけが増税になるという、おかしな事が起きる。これを防ぐと、ますます税の体系が歪む。
  公明党が提案している商品券構想は、その効果、嵩む行政コスト、偽造のリスクなどから考えて実行すべきではないが、自民党はこの361万円から491万円の所得階層に対する対策としてのみ、興味を示している。これは邪道である。来年の個人減税は、原則として消費税率の1%への引下げ(10兆円減税)にとどめ、所得課税の減税は、歪みが解消した2000年以降3年間、5兆円づつとした方が合理的な制度減税になると思う。景気刺激効果も、前述の通り、それで十分である。当面は消費税減税の方が、所得税減税よりも内需拡大効果が遥かに大きい。