金融システム早期健全化の問題点(98.10.5)



【形の上では野党3会派の勝利で決着】
 10月2日(金)夕刻、1ヶ月に及ぶ審議を終えて、金融関連法案が衆議院を通過した。政府・自民党が6本、自由、民主、平和・改革の野党3会派が9本(うち4本は自民党案に対する修正案)の法案を提出し、金融安定化特別委員会を舞台に論戦を繰り広げるという、近年に例を見ない活発な国会であった。
 その結果、@政府・自民党はブリッジバンク法案を取り下げ、その中味を野党3会派の金融再生4法案の修正と言う形で組み込んで成立させる(いわゆる「野党案丸呑み」)A政府・自民党の競売促進等の4法案は野党の4修正案を組み込んで成立させるB政府・自民党提出の権利調整委員会法案と野党3会派提出の信用保証法案は継続審議とする。
 但し、野党提出の信用保証法案については、破綻金融機関の借り手企業に対する保証上限の3億円への引上げと再保険率の90%への引上げのみの改正案を自民と野党3会派が共同で急遽提出、成立させることになった。
 @ の金融再生がもっとも重要な法案なので、「野党案丸呑み」は一見野党側の勝利に見える。

【実態は公的資金による破綻銀行救済に道を開く】
 しかし、政府・自民党は修正によって日本長期信用銀行を破綻させることなく公的管理に移し、公的資金によって不良債権を除いた上で、住友信託と合併(あるいは子会社化)させるという道を開いた。
 自由党は明らかに債務超過で破綻していると思われる日長銀を、公的資金(血税)で救済して住友信託と合併させることにあくまでも反対し、この修正案に対してのみ反対票を投じた。この点では、民主党、平和・改革と異なる行動をとったのである。破綻銀行を税金で救済するなという国民の多数意見を背に、自由党は筋を通し、安易な妥協をしなかった。

【国会の焦点は金融システムの早期健全化に移る】
 金融関連法案が衆議院を通過した10月2日の夜、与野党幹事長会談が開かれ、自民党が野党に対して「金融システム早期健全化対策の概要(案)」を提示し、5日(月)までに回答を求めた。これによって終盤国会の関心は「早期健全化対策」に移る。自民党は野党の協力を得て、今国会中に法案を成立させ、実施に移したいとしているからだ。
 この対策は、この1ヶ月間議論した政府・自民党の金融関連法案に比べると、はるかに筋が良い。何故なら、目標は日本の金融システムの早期健全化であり、その手段が不良債権の早期処理、金融機関の資本増強、および体質強化と位置づけられているからだ。
 この1ヶ月間議論してきた金融関連法案は、金融システムを不安定化させないために破綻銀行をいかに処理するか、という後向きの話であった。しかし早期健全化対策は、金融システムを早期に健全化させるために、銀行の不良債権、資本、経営をいかにして改善するかという前向きの話である。言葉を換えて云えば、いままではバッドバンク処理の話であり、これからはグッドバンクの再生の話である。あるいは今迄は金融システムの不安定化防止の話であり、これからは金融システムの再活性化の話である。

【不良債権早期処理、、資本増強、経営体質強化の総合的枠組みが必要】
 日本の金融行政は、@不良債権早期処理(景気対策)、A自己資本増強(早期是正措置)、B経営効率化(ビッグバン対策)という相互に矛盾する経営目標を同時に金融機関に押しつけ、行政の側は何の援助もしなかった。だから金融が混乱したのである。
 従って、金融システム健全化のためには、この三つの目標を実現する体系的で整合性のあるスキーム(政策的枠組)を打ち出さなければならない。もし自民党案がそのような方向に改善されるならば、自由党は協力するであろう。
 まず不良債権早期処理の為には、各金融機関が不良債権を自主開示し、第2、3,4分類に対して共通の適正比率で引き当てる。その場合第2分類はもっと細分化し、引当率も複数化して実情に合わせる。
 次に、引当の結果生じる資本減少の状況に従って、著しい過小資本行、過小資本行、正常資本行に分類し、公的資金投入のルールとそれに伴う経営体質強化の義務づけを行い、政策的にも税制面から体質強化を支援する。

【破綻銀行処理は税金投入、銀行体質強化は資金融資】
 このような観点から自民党案を見ると、少なくとも二つの点で気になることがある。
 第一は、破綻銀行処理に使う為に既に設けられている金融再生勘定(正確に言えば10月2日に衆議院を通過した金融再生法案が成立すると出来る勘定)を使って、生きている銀行の株式引き受け等の資本増強を行うことである。この二つの公的資金の性質は全く異なるので、勘定もその資金調達方式も別にすべきである。
 既にある金融再生勘定は、破綻銀行の処理に使う公的資金であるから、原則として戻ってこない。したがって財源は税金である。
 これに対して、金融健全化に使う勘定は、生きている銀行の体質強化の為の資本注入であるから、原則として体質強化の結果回収される。しかも株式を引き受けた時より高く売ることによって、利益がでるかもしれない。したがってその財源は財政投融資資金やつなぎ融資としての日銀信用であり、税金投入とは違うのだ。

【破綻銀行救済になってはならぬ】
 もう一つ自民党案で気になるのは、国際的に活動する銀行で2%(国内行で1%)未満の著しく過少資本の銀行についても、公的資金によって資本増強を援けようとしていることだ。金融システム健全化を目標とするスキームでは、このような著しい過少資本行には業務停止命令を出し、清算に移行させるべきであろう。そうしなければ、破綻銀行救済スキームと何ら変らないことになり、金融システム健全化とは名ばかりとなってしまう。
 最後に自己資本比率算出時の有価証券の評価について、自民党案は現行制度を追認し、原価法、低価法の選択制となっている。これに対して民主党などは、基準が甘すぎると批判し、低価法にすべきだとしているようだ。
 しかし、時価会計が将来の在るべき姿であると考えれば、本来は時価法である。
 低価法でも原価法でもない。低価法は会計の保守主義から生まれたもので、株価が上昇している時にはいたずらに含み益を発生させ、企業財務を正しく現わさない。原価法も、株価が原価から乖離している時は、含み益や含み損を発生させ、同様の問題がある。
 現在の経済危機のもとで形成されている株価は異常である。本来在るべき時価法になるまでの過渡的な異常な時期としては、現行の低価法、原価法の選択制をしばらくの間追認するのもやむをえないのではないか。