金融法案の決着は名ばかり、火種は残り曲折も(98.9.21)
【野党案中心の決着は憲政史上画期的】
金融再生関連の政府・自民党提出6法案と、野党3会派(自由、民主、平和・改革)共同提出の9法案の取扱いは、将来に対立の火種を数多く残したまま、9月18日(金)夕刻、党首会談によって一応の決着をみた。
主な妥協点は、@政府はブリッジバンク法案を取下げ、野党3会派提出の金融再生4法案を修正(金融整理管財人が入って整理する金融機関を公的ブリッジバンクへ移行させることもできる選択肢を加えるなど)して成立させる、A野党3会派の4法案中にある金融再生委員会(国務大臣を委員長とする国家行政組織法上の3条委員会)の設置に伴なう財政政策と金融行政の完全分離(大蔵省金融企画局を同委員会に移す)は、来年1月から始まる通常国会終了までに法整備を行なう(実施時期は玉虫色)、などである。
これらはいずれも、野党3会派案を政府・自民党が原則的に受け入れ、若干修正するものである。政府・与党案が取下げられて野党案が修正可決されるという点でも、また官僚の助けを受けずに野党政治家が衆議院法制局を使って作成・提出した法案が、官僚を介在させず与野党政治家のみの修正協議を経て可決成立するという点でも、日本の憲政史上画期的なことである。
【官僚に依存せず立案できる野党の方が強い】
何故そうなったのか。
目先の理由としては、小渕総理が20日(日)から訪米してクリントン大統領と会談する際、金融再生法案の大筋が決っていなければ困るという事情があった。政府・自民党は参議院で多数を失っているので、衆議院段階で野党の合意する修正案を作っておかないと国会通過の目途がたたない。そこで訪米期限が迫るにつれて、野党案に近づく形の妥協を図らざるを得なかったのである。
しかしより根本的には、政治改革、行政改革の流れがある。度重なる大蔵金融行政の失政と官僚汚職、および小選挙区比例代表制下で指向されている政策対決の新しい政治、という大きな歴史の流れの中で、官僚に依存しない政策立案と議員立法が96年10月の総選挙以来増えている。
今回の野党3会派の政策立案を実際に行った当選1〜2回の代議士は、弁護士、公認会計士、元日銀理事の私など専門家が多く、官僚に依存せずに政策立案が出来る。その人々が、官僚に依存して仕事をしたことしかない自民党代議士と渡り合ったのである。
しかも官僚不信という世間からの追い風も野党には有利に働いた。野党案の方が政府・自民党案よりも包括的、改革的、市場経済志向型であり、質的にも勝っていたと思う。
【司令塔不在の自民党の迷走】
今回の決着が多くの火種を将来に残しているのも、この事と関係がある。
第1線で野党の専門的実務者と渡り合った自民党の金融特別委員会の理事達の中には、それなりに金融を勉強した代議士が数名居た。この人達が、訪米期日を気にする首相官邸の野中官房長官の指揮の下に野党実務者と交渉し、後退に次ぐ後退を続けて野党案丸呑みに近い妥協が成立しかかったのが、9月17日(木)であった。
ところが、ある程度実務の分かっている自民党の理事達と、妥協を急ぐ首相官邸との間に、実務も実情も分からず権限だけを持っている池田政調会長や森幹事長を始めとする自民党幹部が立ちはだかり、野党よりの妥協案に反対したのある。
その結果、それ迄の与野党実務者協議で積み重ねてきた内容を振り出しに戻すような回答が、突然18日午前2時、同日午前5時、と繰り返され、予定された党首会談も流れてしまった。私もこの日はほとんど徹夜であった。自民党の実務者達も、「自民党に司令塔なし」と自嘲気味になげいていた。
ようやく決着したのは、18日(金)夕刻の党首会談であったが、自民党幹部の介入で、玉虫色の表現が増え、将来に火種を残した。
【どうしても長銀を整理したくない自民党】
火種の第1は長銀問題である。
長銀問題は、野党案の「特別公的管理等」で処理するとなっており、一見野党案を前提にしているように見える。しかしこの「等」が曲者である。小渕首相の強い要望でこの「等」が入ったため、自民党流の破綻前公的資金注入をやろうと思えば出来る。
小沢自由党党首と小渕自民党総裁の党首会談の際、この点を確かめたが確答は無かった。こういうスキームの中に、事実上の破綻前公的資金投入のスキームを新たに滑り込ませようとしている。
このホームぺージのWhat's New欄9月14日付“長銀問題は小渕内閣の命取りになるか”と雑誌論文欄9月7日付「金融財政(BANCO)」“長銀問題に対する国民の疑問”に書いたように、自民党は臭いものに蓋をするため、どうしても長銀を整理したくないのである。
【金融・財政完全分離を誤魔化す自民党】
火種の第2は金融行政と財政政策の分離問題である。
与野党の合意では、財政と金融の完全分離と一元化を明記し、次期通常国会までに法整備をするとしている。素直に読めば、野党案の通り、金融再生委員会の下に金融監督庁、預金保険機構と並んで、大蔵省に残るすべての金融行政機能を一元化し、金融再生委員会が使命を了える2001年3月には、それがそのまま金融庁になる、と読める。
ところが、政府・自民党の中央省庁再編構想では、2001年4月の金融庁発足時においても、大蔵省の金融危機管理機能は財務省に残るとなっているので、今回合意の金融再生委員会には金融危機管理機能は統合されないというのが政府・自民党の言い分らしい。
完全一元化を考えて合意した積もりの野党との間には大きな溝がある。その上、次期通常国会までに法整備するという文言もあやしげで、実施がいつなのかは玉虫色のままだ。
【火種がある限り自由党は態度を保留する】
政府・自民党提出の6法案のうち、ブリッジバンク法案については政府が取下げて、野党3会派の4法案の修正となるが、残りの5法案についてはまだ決着がついていない。野党3会派は、政府提出の権利調整委員会法案にはゼネコン徳政令であるとして反対、自民党議員立法の競売改善などの4法案については、修正案を出している。これらの決着はこれからであり、ここにも火種はある。
また、破綻金融機関の借り手中小・中堅企業を他行に移り易くするため、野党3会派が提出した信用保証協会法等の改正案についても、政府・自民党の態度ははっきりしていない。これは政府・自民党のブリッジ・バンク構想に対する対案でもあり、火種として残っている。
以上のように、今回の金融法案の決着には将来に火種を残す玉虫色の部分が数多くあり、無条件で賛成する訳にはいかない。自由党が態度を保留したのはそのためである。今後長銀問題などが国民の意向を無視する方向へ動き出した時には、自由党は再び民主党や平和・改革を誘って断固反対することになろう。既に民主党も、自民党が残した火種に不信感を抱き始めている。