長銀問題は小渕内閣の命取りになるか(1998.9.14)

【債務超過かどうか分からない長銀に公的資本の注入を主張】
  長銀問題の処理を巡って、政府・自民党が迷走を続けている。
  第143臨時国会が始まった8月中は、金融安定化特別委員会の答弁の中 で、小渕首相や宮沢蔵相は、「長銀に5千億円超の公的資金を投入しないと、長銀が破綻して日本の金融システムが混乱し、日本発の世界恐慌が起こり兼ねないので、この公的資金投入を認めてくれ」と再三再四野党に要請していた。   これに対して自由党、民主党、共産党などの野党は、「公的資本注入を定めた金融安定化緊急措置法は、経営の著しく悪化した金融機関への公的資本注入を禁止している。公的資金投入が無ければ破綻し兼ねない長銀は、経営の著しく悪化した金融機関であり、公的資本注入は出来ないのではないか」と反論していた。
  ところが政府・自民党は、金融監督庁による長銀検査が終わらない現段階では、経営が著しく悪化して債務超過に陥っているかどうかは分からない、と答え続けた。

【債務超過なら法律違反、刑事罰の可能性も】
  そこで野党は、9月に入る頃から、「債務超過かどうか分からないのに政府が公的資金を投入したいのなら、勝手に投入すればよい。その代わり、長銀の債務超過が判明した時は、政府が金融安定化緊急措置法に違反した事になるので、直ちに政治責任をとれ。またもし債務超過を承知の上でやったのなら、公正証書原本不実記載や背任で刑事罰の対象になり得る」と主張し始めた。
  これに対して政府・自民党は、一時、公的資金投入の強行論に傾いていた。
しかしここへ来て、慎重論が強まってきたようだ。その理由は、長銀はやはり債務超過だからであろう。
  常識的に考えてみてもそうだ。長銀の自己資本は7871億円(3月31日現在)なので、9月末に7500億円の不良債権償却(日本リースなど子会社3社に対する債権放棄5200億円を含む)を行うと過少資本となり、公的資本の注入が必要だというのが、政府・自民党の公式見解であり、長銀自身の説明であ
る。
  しかし、どう見ても長銀の不良債権は7500億円にはとどまらない。正常債権(第T分類)や要注意債権(第U分類)の中に隠された不良債権、ペーパーカンパニーに飛ばした不良債権、株価下落に伴なう含み損などの合計は、自己資本を大きく上回り、長銀が債務超過に陥っていることはまず間違いあるまい。

【長銀破綻で日本発の金融恐慌が起きる、は嘘だ】
  そうなると政府・自民党は、現行の金融安定化緊急措置法に基づいて、長銀に公的資本を注入するのが恐くなってきた。そこで9月13日(日)付の読売新聞に報道されたように、新たな破綻前処理スキームを盛り込んだ新法を制定することを考え始めたようである。
  政府・自民党は、何故そんなに迄して長銀を救済したいのであろうか。
  表向きの理由は、長銀ほどの大銀行が破綻すると、金融システムに大混乱が起き、日本発の世界恐慌になり兼ねないという理由だ。
  しかし、長銀の預金者と金融債保有者は預金保険で100%保証されている。長銀は国際金融市場で既に信用を失っているので、外国金融機関との派生商品(デリバティブス)取引きはほとんどなく、僅かに残っているのは長銀破綻の可能性をも織り込んだハイリスク商品だけである。現存の想定元本40兆円は、 長銀から固定金利で借り入れた国内の顧客が、金利リスクを避けるため、固定払い・変動受け(長銀側は固定受け・変動払い)の金利スワップを長銀と組んだ分である。この分は金利差だけがリスクに晒されているのであるから、リスク分は想定元本40兆円の1%、4千億円にも満たない。しかも近年は変動金利が低下傾向にあるので、固定受け・変動払いの長銀はこの金利スワップで勝っており、債権者である。従って、長銀が破綻しても支払不能の問題は起らない。

【長銀救済は臭い物への蓋】
  では、何が何でも長銀を救済したい本当の理由は何か。
  長銀は1兆1千億円ほどの劣後債を出しているが、その約半分は経営のよくない生保会社が持っている。その斡旋は、大蔵省や族議員が行ったと言われる。
日本リースなど長銀子会社のノンバンクには、農林系統金融機関から多額の貸出が行われており、この口利きにも族議員が暗躍したといわれる。従って長銀が破綻すると、生保会社や農林系統金融機関が困り、その口から族議員の名前が出ると言われる。
  長銀は、戦後設立され、「政商」として伸びてきただけに、長銀破綻で困る融資先企業や融資案件には、政治がらみが多い。それらが一斉に表面化することを防ぐためにも、政府・自民党は長銀を破綻させる訳には行かないというのが、消息筋の話である。要するに大物政治家のスキャンダラスな話が絡んでいるようだ。

【長銀の破綻はこうして処理せよ】
  長銀が予想通り債務超過に陥っているならば、市場経済の鉄則に従い、法的処理で、清算、あるいは受皿銀行に継承(P&A)させて、市場から退出させなければならない。それを国民の税金で救済するのは、他産業、他企業との間で不公平であり、また日本経済にとって非効率である。
  銀行業は免許制であるから、政府は業務停止命令を出し、金融システムに混乱を起こさないため、直ちに停止する取引としばらく続ける取引を公表する。そ の際、預金と金融債の元本は、預金保険制度で金額保証されているので心配ないことと、当面の長銀の資金繰りは日本銀行の特融(無担保)によって支えられているので、金融市場や決済システムに支払不能の連鎖が発生することはないことの二つを、国民と諸外国の関係者に衆知徹底する。
  その上で、野党3会派提出の法案にあるように、万全を期す必要があると認められる場合には、24時間以内に国が長銀株を全額買上げ、公的管理に移し、金融システムの安定を確実にする。その上で清算、又は受皿銀行が名乗りを上げた場合は継承(P&A)させる。その受皿銀行が希望した場合は、公的資本を注入し、継承に伴なう資本不足を補う。
  また同じ野党3会派の法案にあるように、資本金5億円以下の中堅中小企業で、長銀から他行へ借入をシフト出来ない企業がある場合は、信用保証協会の特別保証枠によってシフトを援ける。
  なお、生保会社と農林系統金融機関に万一破綻が生じた場合は、それぞれの業界における保険契約者の保証基金や貯金保険基金の足りない分についてのみ、公的資金を注入して、保険者や貯金者を保護する。ここでも経営は救済しない。
  このように、野党3会派提案の枠組みを使うならば、長銀問題もきちんと処
理できるのである。