日本の政治家はもっと国際会議に出よ (1998.7.13)

【主要国の元首OBも参加する国際会議】
第142回通常国会終了後、参院選が本格化する前の隙間を縫って、国際会議に出席してきた。これは米国の共和党系シンクタンクであるAEI(American Enterprise Institute)が主催し、フォード元大統領がホスト役を務める“World Forum”で、毎年6月にフォード元大統領の別荘があるコロラド州のビーバー・クリークで開かれる。
今回はフランスのディスカール・デスタン元大統領、イギリスのサッチャー元首相、ドイツのシュミット元首相、チェコのクラウス元首相など主要国の元首級政治家を筆頭に、米国のコーエン国防長官、サマーズ財務副長官、多くの上下両院議員などの現役政治家、二人の連邦準備銀行総裁、A・メルツアー、S・フィッシャーなどの学者が、米国を中心に約15ヶ国から120名程集まった。
私は野村総研理事長時代に誘われて、一度参加料を支払って出席したことがあるが、今回は有難いことに参加料を主催者が負担する招待客としての参加である。
AEIが私のエコノミストとしての発言や政治家としての活動に関心を持ってくれたためであろうか。

【日本の経済と政策に批判が集中】
会議は三日間、いずれも全体会議と三ないし四つのスモール・グループ・ディスカッションが行なわれた。
3回の全体会議のテーマは、「世界経済」「国際安全保障」「98年の政治、そしてミレニアム(Millennium)」である。
初日の「世界経済」では、ほとんどの発言者が日本とアジア諸国の経済危機に触れ、世界とアジアに対して日本が採るべき態度や対策について意見を述べた。サッチャー元首相をはじめ、ほとんどの発言者は、当然のことながら、日本が適切な内需拡大策を採らないのは、世界経済に対する経済大国日本の影響を真剣に考えていないからだと厳しく批判した。その上で、さまざまの提案が行なわれたが、その中で、A・メルツアーやJ・メイキンなどの学者が次のような主張をした。
それは、財政赤字が大きすぎて財政的な内需刺激策が採れないのであれば、ベー ス・マネーの供給を一段と拡大してマネーサプライを増やし、地価、株価などの資産価格を上昇させ、資産効果で景気を拡大すべきだ、というものである。それは不良債権の早期処理にも役立つし、副作用として発生する円安も景気回復に資するので容認すべきだ、と言う。

【円安容認ではなく財政拡張政策を】
  私は発言を求め、まずメルツアーやメイキンなどの円安容認論は、非現実的であると述べた。何故なら、一層の円安はアジアの経済再建を阻害し、米国の保護主義を刺激し、更には中国の元切下げを誘っていま一段のアジア全体の通貨切下げ競争を引き起こすなどの問題点がある。反面日本の輸出は、アジア通貨が円安につれて競争的に切下げられるうえ、アジアの経済危機と米国の成長鈍化もあるので、円安の下でも伸びないからである(詳しくは、このホームページのEnglish Versionの98年7月付“The Yen: Is Japan or China The Greater Priority”を参照されたい)。
その上で、日本経済停滞の主因は、@不良債権の早期処理失敗、A規制の強い日本型システムの残存、B97年度超デフレ予算と財政構造改革法の実施であるが、96歴年に3.9%成長したことを考えると、@とAがあってもBが無ければ景気はある程度回復した筈だ、と説明し、財政再建最優先の橋本政権が変らない限り、日本経済の再建は軌道に乗らないと述べた(詳しくはこのホームのEnglish Versionの98年7月付は“Japan‘s Economy Today”参照)。
この私の発言を受けて、更に何人かが発言したが、その中で、W・プール・セントルイス連銀総裁は、日本経済のことは日本人が一番よく知っているのであるから、外国政府は意見を述べるのはよいが、政策に注文をつけるべきではない、と述べたのが印象的であった。

【金融自由化は東南ア諸国にとって脅威か】
スモール・グループ・ディスカッションでは、2日目の「自由貿易は幸せをもたらしたが、自由な金融は脅威か?」において、口火を切って発言するように求められた。そこで私は、以下のように述べた。自由貿易も自由金融も、比較優位の原理によって関係国の経済効率、ひいては生活水準を向上させるので、幸せに通じる。但し、自由金融の場合は、金融に比較優位を持つ国が国際金融センターを保有し、その他の国はその外国の金融センターや外国の金融機関に依存すること になる。これは一種の「ウィンブルドン現象」(プレイヤーは外国人だが、その国の人がプレイを楽しんでいる)であり、脅威ではなく、幸せと考えるべきだ。
アジアの通貨危機や経済混乱は、資本移動の「自由」が原因ではなく、為替相場の「規制」(事実上のドル固定相場制)に無理があったために発生したものである。これを自由な金融がもたらす脅威と見るのは誤りであると述べた。 (詳しくはこのホームページのEnglish Version98年7月付は“Free Trade was a Blessing――Is Free Finance a Threat?”参照) このグループには、日米貿易交渉の立役者であったカーラ・ヒルズ女史も出席していたが、私の発言に異論は出さなかった。

【日本の政治家はもっと国際会議に出よ】
最後に、この国際会議と日本との関係について感じたことを述べておきたい。各国から120名も参加し、日本のことが散々話題にされたにも拘らず、日本から参加したのは、招待された私の他は、自費参加の富士総研楠川社長のみであった。米、英、佛、独の元首級政治家が参加して世界の経済、政治、安全保障を論じている会議に、日本の元首相が誰一人出席していないのは、むしろ奇異でさえある。
かつては、通産省や外務省の審議官クラスが毎年参加していたが、官僚が経済、政治、安全保障など全般にわたって発言するのは不自然である。これは歴代の与党、特に自民党の政治家や総理以下の大臣たちが、官僚に依存していた日本型システムを反映した現象であったといえよう。しかし、このシステムがいま崩れ始め、官僚がこの種の国際会議に出席しなくなったため、日本は国際社会で大国としての責任が果たせなくなっている。
日本の政治改革、行政改革はまだ緒についたばかりであるが、政治家が官僚の出しゃばり過ぎを押さえているだけでは駄目だ。官僚依存を改める以上、政治家自身がもっと積極的に責任を果たさなければならないと思う。
内弁慶の政府、自民党を返上して、元首相や元大臣達が積極的に“World Forum”のような自由に討論する場に出て発言して欲しいと思う。そのことによって、「お山の大将」「井の中の蛙」を卒業して欲しいというのが、今回の私の感想である。