「金融再生トータルプラン」は羊頭狗肉 (1998.7.13)

【看板に偽りのある誇大広告】
日本経済停滞の最大の理由は、財政再建最優先の97年度超デフレ予算の強行と財政構造改革法に基づく2005年までのデフレ路線の暗い予想にあるが、これと並ぶもう1つの理由として不良債権問題の未解決がある。
政府・自民党は7月2日に第2次「金融再生トータルプラン」を発表し、これで不良債権問題の抜本的解決が図れると主張している。米国政府もまんまと騙されたのか、あるいは参院選挙中であったので遠慮したのか、これを評価すると言っているらしい。
しかしこの「金融再生トータルプラン」は、羊の頭を掲げて犬の肉を売るような看板に偽りのある計画だ。少なくとも以下の理由により、不良債権問題をトータルに解決するような計画にはなっていない。典型的な「羊頭狗肉」である。従って、これによって景気回復の足枷の一つが外れたと言う評価は、誤りである。

【景気の足枷となる不良債権問題は三つ】
景気の足を引っ張っている不良再建問題の焦点は主として三つある。
@ 整理回収銀行などが引き取った破綻金融機関の不良債権について、担保不動産の権利関係が複雑であるため、その売却による不良債権の回収がなかなか進まないこと。
A 非破綻金融機関の不良債権についても、同様の理由で担保不動産の売却による回収が進まず、従って回収不能部分の確定、償却も進まず、不良債権の引当ては出来ても、不良債権を回収あるいは償却してバランスシートから消し去ることがなかなか出来ないこと。
B 破綻銀行の要注意貸出(整理回収銀行などが引き取る不良債権と民間受皿銀行が文句なく引き取る優良債権の中間にあるグレーゾーンの貸出し)のうち、民間受皿銀行が最終的に引き取りを拒否した部分の借手企業が取引銀行を失い、困っていること。
上記@〜Bのうち、@とAは不動産の流動化を阻害して企業活動を制約している。またAは、非破綻金融機関の格付けを下げ、前向きの行動を制約している。
Bは企業倒産を増加させる。これらは、いずれも景気回復の足枷と見られている。

【ゼネコン救済の囲い込み銀行】
さて、今回の政府・自民党の「金融再生トータルプラン」は、トータルとは名ばかりで、上記の@からBの問題のうち、Bについて具体案を出してきただけで、@とAについては具体的な解決策は何もない。これで金融が再生する筈はない。
またBについても、国営の受皿銀行(ブリッジバンクと称する)を作って、民間受皿銀行が受け取りを拒否した要注意貸出を引き取り、その借手企業に融資をし て倒産しないようにすると言う。その上で、5年以内に民間銀行に引き取ってもらうのだと言う。
しかし、民間受皿銀行が引き取りを拒否した要注意貸出やその借手企業は、問題があるから拒否したのである。それを国選の金融管理人が破綻金融機関の従業員を使って管理し、5年以内に優良貸出し=優良顧客に仕立て直して民間に譲り渡すなどと言う事が出来るのであろうか。恐らくは破綻金融機関と問題顧客の救済、これに伴う不良貸出しの増加、それを支える公的資金投入の拡大、と言うことになるのではないか。
この問題顧客の中にはゼネコンが多く含まれており、自民党の集金、集票マシーンであるゼネコンを公的資金で救う事になる。参院選前に慌てて打ち出した理由も、この辺にありそうだ。
ブリッジバンクと言う名も、米国の場合は民間受皿銀行への「ブリッジ(橋渡し)」の意味であり、今回の日本案のように民間受皿銀行が引き取らない貸出しを5年間も抱えることが出来るのでは、救済のための「ブロック(囲い込み)」 バンクである。

【民事特別法で担保不動産を優良資産に仕立て直す】
このように政府・自民党案は、部分的で欠陥が多いが、正しい案はどうあるべきか。
まず@とAの不良再建問題の根っこにある担保不動産の複雑な権利関係を解決する必要がある。そのためには、民法、破産法、競売法などに係わる民事特別法を2〜3年の時限立法として制定し、「公共の福祉」の名において公的機関が強力な権限(交付公債への物上代位による担保権の消滅など)を行使して担保不動産の複雑な権利関係を整理し、売却可能な優良資産に仕立て直すことを可能にする。
その上で、@の破綻金融機関の不良債権については整理回収銀行や住専処理機構などがこの権限を行使し、Aの非破綻金融機関の不良債権については公的代行機関を設立してこの権限を行使させる。そうすれば、不良債権の回収と担保不動産の流動化が大きく進み、問題の解決も大きく前進する。

【経営を救済せず自己責任を貫かせる】
次に、担保不動産の売却によっても回収できない部分は、@の破綻金融機関については公的資金の負担となり、Aの非破綻金融機関については、自力償却となる。ただし、その場合、所有不動産の評価益を償却原資として使った場合はその評価益に課税せず、損益通算を認める(2〜3年の時限立法)。これは、将来時価会計に移行した際の課税を免れることになるので、大いに活用されるであろう。
最後にBの破綻金融機関の要注意貸出先については、民間受皿銀行が引き取らない貸出しを公約ブリッジバンクが引き取ることには問題がある。民間が危ないと判断したのに、どうして国選の金融管理人(その下の破綻金融機関の職員)に大丈夫だと判断できるのか、極めて疑問である。
これは、中小企業金融公庫など政府関係金融機関の専門的審査と融資に委ねるべきであり、国営のブリッジバンクを作って救済すべきではない。他産業や他企業との関係で極めて不公平な結果をもたらす。

【不良債権問題の解決には景気の追い風が要る】
以上、政府・自民党の「金融再生トータルプラン」に代わる真の不良債権早期処理案を示したが、どのように秀れた案を用意しても、景気が沈滞して不良債権が拡大再生産されていたのでは、処理しきれない。不良債権問題には景気の追い風、ずなわち地価、株価などの底入れや、企業収益の回復が必要である。
従って、恒久減税、規制緩和などによって日本経済を立直すことと併行して実施しない限り、いかなる不良債権早期処理案も成功しないだろう。
また金融政策面からは、日銀の買いオペレーションをもっと積極化してベース・マネーの供給を増やし(コール・レートはゼロ近傍まで低下)、マネーサプライを拡大して株価、地価などの資産価格の底入れを図るべきではないか。デフレ・ギャップが著しく拡大している現状では、これによって財サービスのインフレが起きる心配はない。