不良債権早期処理の空手形を切ったバーミンガム・サミット (1998.5.19)

【疲労困ぱいの橋本総理】
5月18日(月)午前10時から午後6時まで、昼休み1時間を挟んで、「緊急経済対策に関する特別委員会」の総括質疑が行われ、財政構造改革法改正案と平成10年分特別所得減税継続法案が審議された。私は自由党を代表して1時間15分にわたり、主として橋本総理と討論を行ったが、その日の朝バーミンガム・サミットから帰国したためか、橋本総理は極めて疲れており、顔は青ざめ、不機嫌で、目をつぶっていることが多かった。
しかし、このような強行日程を組まざるを得なくなったのは、自由党を始めとする全野党の反対を押しきって昨年11月末に成立させた財革法と本年3月末に成 立させた平成10年度当初予算について、早くも緊急に改正法案と補正予算案を提出せざるを得なかったからである。いわば身から出た錆で、自業自得である。
まったく元気の無い橋本総理は、内心で見通しの誤りと政策失敗について何を考えているのであろうか。責任を取って辞任することを考えているのであれば、一刻も早く実行に移すことが日本の危機克服に道を開く最善の道である。

【諸外国は本当に効果があるのかしばらく注視する姿勢】
バーミンガム・サミットでは、16兆円の総合対策に「各国の期待が寄せられた」というのが首相の答弁であったが、私は欧米の新聞報道を引用し、「本当に景気回復の効果があるのか、しばらく注視する」という意味であることを指摘した。
その上で、日本を除くG7当局も世界のマーケットも、日本政府の説明を額面通り受け取っておらず、その1つの証拠に、東京株式市場では、18日前場に日経平均株価が15千円割れ直前の15,069円まで下がり、円相場は終日円安傾向で135〜136円に達したことも指摘した。

【16兆円対策のごまかし】
また16兆円の総合経済対策の結果、成長率が2%程度上昇し、平成10年度政府経済見通しの1.9%成長が達成されるという政府説明のおかしな点を2つ指摘した。
第1は、1.9%の成長見通しは平成10年度当初予算と共に国会に提出され、当初予算で実現する成長見通しであると本年3月まで説明していたのに、なぜ1ヶ月も経たぬうちに16兆円の対策で実現する成長見通しに変ったのか。16兆円による2%引上げの効果が無ければ、本年度の成長見通しはマイナス0.1%に過ぎないことになるが、政府はいついかなる理由で見通しを下方修正したのか。
この質問に対し、橋本総理は無言、尾身経企庁長官はまったく無関係なことをしゃべっただけで、答えられなかった。
第2の問題点は、このホームページの4月27日付What's New『橋本政権の総合経済対策を評定する』に詳しく書いたように、特別減税2兆円の継続は、減税打切りに伴う増税を延期したに過ぎず、新しい拡大効果を持つ減税ではないこと、また公共投資についても地方単独事業1.5兆円の実現可能性は極めて疑わしいこと、などから判断して、今回の総合対策の拡大効果はせいぜい1%強であり、「大不況(マイナス成長)」を「普通の不況(プラス0.5〜1.0%)」に変える程度であることだ。

【不良債権早期処理の空手形を切った総理】
橋本総理はサミットで、もう1つ重大な注文を受けて帰国した。ニューヨーク・タイムスも「クリントン大統領は日本に対する圧力を高め、銀行危機対策をとることを要請した」と報じている。
これを受けて帰国した総理は、委員会で私に対し、今後は不良債権の早期処理を「不良債権の流動化、証券化で実現したい」と述べたので、私は総理が問題の本質を理解していないことを、次のような形で指摘した。
それは、不良債権の流動化、証券化は不良債権の額を割引きして売却し、含み損を表面化して始めて可能になることであり、その結果自己資本比率もROE(株主資本利益率)も低下する。これは早期是正措置に伴う自己資本比率引上げや金融ビッグバン対策に伴うROE引上げと矛盾する。従って、政府がいくら掛け声をかけても、銀行が動くとは限らない。
サミットで橋本総理が約束してきた不良債権の早期処理は、対策を伴わない空手形である。

【不良債権、自己資本、ROEの改善策】
不良債権早期処理、自己資本比率引上げ(早期是正措置)、ROE引上げ(金融ビッグバン対策)という3つの相互に矛盾した目標を、政府はどうやって達成するつもりか、という私の質問に、総理を始め並み居る閣僚は答えられず、政府委員(官僚)も手を上げて助けようとしないため、自民党の委員からは「答の不可 能な質問をするな」とヤジが飛んだ。
そこで私は、政府・与党の内部だけでなく、我々野党とも政策協議をして我々の智恵を借りたらどうかと述べた上で、次のように述べた。
三つの矛盾した目標を同時に達成するには、3つ以上の手段を割り当てよというのが経済学の基本理論である。まず自己資本比率については、4%ないし8%の所要比率をクリアすれば、それ以上引上げる必要はない(高ければ高い程良い経営という訳ではない)。そのことによって目標から外せる。次にROEの引上げは、リストラによる合理化を促進するのが基本だ。最後に不良債権の早期処理は、自由党が提案しているように、不動産の時価評価を行うことによって表面化する含み益と不良債権の含み損との損益通算を時限的に認めることが決め手になる。(このホームページの5月11日付『梶山静六「日本興国論」を評定する』参照)。

【財革法を廃止し、新たな中期計画を】
最後に、弾力条項の導入というこの財革法改正案は、今後の経済運営をストップ・アンド・ゴー型にし、平均して1%程度のグロース・リセッション(成長しながらの不況)を持続させることになる、という点に政府・自民党の注意を喚起した。
何故なら、成長率が1%を下回る時に弾力条項を発動して経済を刺激し(ゴー政策)、1%を上回ると財政収支の集中改革期間に戻り、突然歳出の削減と赤字国債発行の縮減という急ブレーキ(ストップ政策)を踏むことになるからだ。
これではいつ迄経っても、日本経済は持続的成長軌道に戻れず、税収も正常化せず、財政赤字もGDPの3%以下に下がらない。
財革法を廃止し、今後3年間を「財政」の集中改革期間ではなく、「経済」の集中改革期間とし、10兆円減税、不良債権早期処理、規制緩和の徹底などによっ て日本経済を実力相応の持続的成長軌道に乗せるべきである。
その上で、21世紀の初頭の3年間を「財政」の集中改革期間とし、財政改革と表裏の関係にある規制緩和、地方分権など経済、行政、財政の構造改革を一体として推進し、完結させるのが、最も現実的な中期計画である。