「新型国債10兆円」構想について (97.12.11)
梶山静六前官房長官が「わが日本経済再生のシナリオ」(『週刊文春』97年1
2月4日号)の中で提唱した「新型国債10兆円」構想の具体化が、現在自民党
内で検討されている。これが最終的にどのような形で政府・与党から打出される
かはまだ判然としないが、取敢えず現在判明している限りで評価できる点と問題
点を指摘すれば、以下の通り。
【評価できる点】
(1)危機意識
梶山氏は日本経済が自分自身も予想しなかった急激なテンポで悪化しており、政
府が何らかの施策を講じなければ未曾有の国家的危機を迎えるのではないかと述
べているが、このことは、私から見れば本年度デフレ予算が決った今春から既に
見通していたことであり、、しばしば国会でも指摘していたことである。その意
味で遅きに失した認識である。しかし自民党の有力者がようやくそれに気付いた
という意味では、一応評価すべきか。
(2)財政再建棚上げ
今政府が為すべきことは、景気の失速を是が非でも食い止めることにあり、財政
赤字削減は単年度のスケジュールを決めて何がなんでもやるべきものではない、
財政再建のためにはある程度の経済成長が不可欠である、財政構造改革と経済構
造改革は車の両輪である、などと述べていることは、新進党の「日本再構築宣
言」の引き写しかと思うほどで、自民党の有力者とこの点の認識が一致したこと
は注目される。
(3)金融システム対策
今回の小手先の預金保険法改正では、公的資金がなし崩し的に経営の悪化してい
る金融機関に導入されるようになり、その資金を調達するために預金保険料を引
上げれば、そのしわ寄せは預金者にくるので預金保険法の改正には反対、と述べ
ていることは、新進、民主、太陽3野党の預金保険法改正案反対の論拠と重なる
部分があり、自民党の有力者が野党と同じ反対意見を述べているという意味で注
目される。又「金融ルネッサンス」と称し、金融機関の情報開示の徹底、不良債
権処理と経営責任の追求を前提に公的資金を投入せよとしている点も、その限り
では評価できる。
【問 題 点】
(1)新型国債は国民をだます赤字国債
建設国債と赤字国債の区別は、資金使途が公共投資か否かによるもので、償還財
源による区別ではない。NTTやJTの政府保有株を償還財源にするとしても、
資金使途が公共投資以外であれば赤字国債である。しかもNTTやJTの政府保
有株はもともと国債整理基金に入っているのであるから、既に決まっている償還
財源を先喰いするに過ぎない。その意味でこの新型国債は極めて未熟な構想であ
る。
堂々と赤字国債といえないのは、財政構造改革法に違反するからであるが、言葉
の遊びで国民をだますことは出来ない。
(2)銀行救済型の公的資金投入
「金融ルネサンス」の意気込みとは裏腹に、その内容は公的資金による傷んだ金
融機関の優先株買い上げと政府系金融機関による中小企業向け貸出の拡大であ
る。これは、経営救済型の公的資金投入と、無いよりは増しの中小企業対策に過
ぎない。
金融システム対策としての公的資金は、破綻金融機関の経営救済に使うのではな
く、経営整理の際の預貯金支払資金の不足分にのみ投入し、その上で不良債権の
強力な回収によって投入額を極小化すべきである。そのための構想の一つが、2
年前に新進党が提案した「不良債権整理公社」案である。
(3)景気対策にも資金を投入せよ
元々の雑誌論文における梶山構想では、新型国債で調達した10兆円を金融シス
テム対策のみならず、法人課税減税や公共投資にも投入すべしという主張であっ
たが、政府や自民党執行部の反対に会い、今は金融システム対策にのみ使うと述
べている。
しかし、金融危機はデフレ政策と不良債権対策不在がもたらした政策不況の反映
であるから、不況から脱出する景気対策を抜きにして金融システム対策のみ行う
のでは当面の金融危機は救えない。株式市場はそれを良く認識しているため、梶
山構想を政府が取上げると聞いて回復した株価は、金融システム対策のみと聞い
て再び悪化している。