預金保険法改正案の強行採決 (97.12.08)



【民主的手続きを踏みにじる数の暴力 】
 12月5日(金)の夜10時半頃、衆議院大蔵委員会において、過半数を制する 自民党と社会党の与党委員は、「預金保険法改正案」の質疑続行を主張する野党委員の要求を無視し、突然、質疑打ち切りと採決の動議を提出し、同改正案を賛 成多数で可決した。
 その際、野党委員が質疑続行を要求して委員長席を取り囲み、抗議した為、慌てた村上委員長(自民党)は速記者が着席しないうちに一方的に採決、散会を宣して退席したため、野党委員も速記録不在で採決は無効であることを確認した後退席した。ところが、無効に気づいた委員長と自民党・社会党委員は再び15分後に引き返し、新進・民主・太陽の野党委員欠席のまま採決を強行し直したのである。
 これは民主的な手続きを踏みにじる「数の暴力」という他はない。野党3党はこれに抗議する為、臨時国会の最後の週である12月8(月)〜12(金)日に、様々な形で預金保険改正案を始めとする対決法案の採決阻止を図ることになるだろう。

【メンツにこだわり欠陥改正案をゴリ押し】
 政府・与党が預金保険法改正案の委員会採決を暴力的に強行したのは、10月9日(火)の衆議院本会議に法案を上程、可決して参議院に送らないと、会期末の12日(金)までに参議院で議了、採決する時間がなくなり、審議未了で法案が廃案となるか、継続審議で通常国会送りとなるからである。
 他方、野党が衆議院大蔵委員会で質疑続行を主張したのは、この改正案が不適切な裁量的行政権を大蔵省(来年からは金融監督庁)に与えるばかりではなく、当面の金融危機を克服する為には極めて不十分な法改正に過ぎないからである。
 政府・与党はこの改正案を今国会で成立させないと金融危機が深まると主張し、野党はこの改正案は百害あって一利なく、もっと抜本的な預金保険法の改正を行わないと金融危機に対処できないので、改正案を出し直せと主張して、最後まで対立したのである。
 抜本的な改正案が必要であるというのは、今や自民党内でも多数意見であり、一時は臨時国会に改正案を出し直す動きもあった。しかし、政府・自民党はメンツにこだわり、この改正案の強行採決を行っても可決、成立させ、抜本的な改正案は明年1月の通常国会冒頭に提出することに決めた。
 直ぐにも再改正案を出さなければならないような不十分な欠陥改正案を、メンツにこだわって「数の暴力」で成立させようというのが、今日の橋本内閣とそれを支える自民党幹部の姿である。

【何故欠陥改正案か ―― 密室裁量型行政の復活】
 この改正案の内容に対して、新進党を始めとする野党各党がこぞって反対したのは、改正案に含まれる「特定合併」に対してである。これは、大蔵省(来年以降は金融監督庁)が必要と判断した場合は、2つ以上の破綻金融機関の不良債権を預金保険機構が買取り、残りの健全な資産・負債の合併によって新銀行を設立するというものである。
 新銀行は不良債権比率が下がり自己資本比率は上がるので株価も上昇して株主は喜び、経営者の責任追及は不徹底に終わるに違いない。これは大蔵省の一方的な裁量による金融機関の経営救済である。従ってモラルハザードが発生し、多くの破綻金融機関はこの特定合併を希望し、大蔵省に殺到するだろう。それに対し、密室の中で大蔵省が特定合併の適用先を選ぶ姿は、まさに護送船団方式の下で数々の失敗を犯してきた裁量型密室行政そのものの復活である。

【不可欠性原理と合併斡旋も不適当】
 破綻金融機関は、本欄の12月1日付け「政府・自民党の公的資金導入論議を正す」に詳しく書いたように、原則的には整理すべきである。ごく例外的に救済する場合は、不可欠性原理(地域や分野に不可欠で支障が生じる)やtoo big to fail原理(大きすぎて潰せない)のような不公平な基準であってはならない。唯一システミック・リスク原理(決済システムが動揺する)に限るべきである。しかし日本銀行の最後の貸し手としての機能が十全であれば、拓銀や山一の破綻でもシステミック・リスクは回避できた。ましてやこの改正案が想定する普通の規模の金融機関の破綻では、システミック・リスク原理で経営を救済するケースは考えられない。
 整理することになった場合、健全な資産・負債については、受け皿銀行による継承(P&A)がよいが、どの機関も受け皿銀行として名乗りをあげない時は、顧客関係などに問題があるからであり、解散する方がよい。この改正案のように、大蔵省が介入して特定合併を斡旋するのは、きわめて好ましくない。
 強力な不良債権回収能力を持つ日本版RTCを設立し、預金支払い資金の不足分にのみ公的資金を投入する道を開くべきである。そしてこの日本版RTCと預金保険機構を一体的に運営するような抜本的な体制を整備し、それによる不良債権早期処理を急がなければならない。そのような預金保険法改正が望まれている事を考えると、今回提出された預金保険法改正案は、あまりに姑息であり、時代逆行である。その採決を強行する政府・自民党は、この危機的時代の政権担当能力の無さを、自ら天下に晒したようなものだ。